平安時代の年表とできごと

平安時代を表すイラスト

平安時代は794年から1185年までの約390年間で、政治の中心が天皇から貴族、上皇、武士へと移っていった時代です。はじめは天皇、つぎに摂政・関白になった藤原氏、そして上皇(院政)、最後は武士の平氏へと、政治の中心が移っていきました。

2026/09/19 更新・ふりがなつき

いつから
794年
いつまで
1185年
長さ
約390年間
前の時代
奈良時代ならじだい
次の時代
鎌倉時代かまくらじだい
中心になった人
桓武天皇かんむてんのう・藤原道長ふじわらのみちなが・白河上皇しらかわじょうこう・平清盛たいらのきよもり

この時代の流れ

  1. 桓武天皇かんむてんのうと平安京へいあんきょう(794)
  2. 藤原氏ふじわらしの摂関政治せっかんせいじ・国風文化こくふうぶんか
  3. 白河上皇しらかわじょうこうの院政いんせい(1086)
  4. 平清盛たいらのきよもりの政権→源平の戦い

平安時代の年表

中学受験でよく出るできごとを、年の順にならべました。できごとの名前をタップすると、年表アプリで前後の流れを見られます。

  1. 794年平安京へいあんきょうに都みやこを移す桓武天皇かんむてんのうが都みやこを奈良ならの平城京へいじょうきょうから京都きょうとの平安京へいあんきょうに移しました。
  2. 797年坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろが征夷大将軍せいいたいしょうぐんになる桓武天皇かんむてんのうは坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろを征夷大将軍せいいたいしょうぐんに任命し、東北とうほく地方の蝦夷えみしを従わせるための軍を送りました。
  3. 806年最澄さいちょうが天台宗てんだいしゅうを開く唐とうから帰った最澄さいちょうが、比叡山ひえいざんに延暦寺えんりゃくじを建てて天台宗てんだいしゅうを開きました。
  4. 806年空海くうかいが真言宗しんごんしゅうを開く唐とうで密教みっきょうを学んで帰った空海くうかいが真言宗しんごんしゅうを開き、高野山こうやさんに金剛峯寺こんごうぶじを建てました。
  5. 866年藤原良房ふじわらのよしふさが摂政せっしょうになる藤原良房ふじわらのよしふさは、皇族こうぞく以外の人物として初めて摂政せっしょうになりました。
  6. 887年藤原基経ふじわらのもとつねが関白かんぱくとなる藤原基経ふじわらのもとつねが、成人した天皇てんのうを助けて政治を行う関白かんぱくという役職に初めて就きました。
  7. 894年遣唐使けんとうしの停止ていし菅原道真すがわらのみちざねの意見により、遣唐使けんとうしの派遣が取りやめになりました。
  8. 901年菅原道真すがわらのみちざねが大宰府だざいふに左遷させんされる学者として重く用いられた菅原道真すがわらのみちざねが、藤原時平ふじわらのときひらのたくらみで九州きゅうしゅうの大宰府だざいふに追いやられました。
  9. 939年平将門たいらのまさかどの乱らん関東かんとうの武士ぶし・平将門たいらのまさかどが国の役所をおそい、自ら「新皇しんのう」と名乗って朝廷ちょうていに反乱はんらんを起こしました。
  10. 939年藤原純友ふじわらのすみともの乱らん伊予いよの役人やくにんだった藤原純友ふじわらのすみともが海賊を率いて瀬戸内海せとないかいで反乱はんらんを起こし、大宰府だざいふまでおそいました。
  11. 1016年藤原道長ふじわらのみちながが摂政せっしょうになる藤原道長ふじわらのみちながは4人の娘むすめを天皇てんのうのきさきにして力を強め、1016年に摂政せっしょうとなりました。
  12. 1018年道長みちながが「望月もちづきの歌」をよむ藤原道長ふじわらのみちながは三人目の娘むすめを天皇てんのうのきさきにした祝いの席で「この世をば わが世とぞ思ふ 望月もちづきの…」とよみ、自分の栄華を満月にたとえました。
  13. 1051年前九年合戦ぜんくねんかっせん東北とうほく地方で力をもった安倍あべ氏が朝廷ちょうていに従わなくなり、源頼義みなもとのよりよし・義家よしいえの父子が東国とうごくの武士ぶしを率いて戦いました。
  14. 1052年末法まっぽうの世が始まるとされる1052年から仏ほとけの教えがおとろえる「末法まっぽう」の世に入ると信じられました。
  15. 1083年後三年合戦ごさんねんかっせん前九年合戦ぜんくねんかっせんのあと東北とうほくを治めた清原きよはら氏の一族争いに源義家みなもとのよしいえが加わり、藤原清衡ふじわらのきよひらを助けて勝利しました。
  16. 1086年白河上皇しらかわじょうこうが院政いんせいを始める白河天皇しらかわてんのうは幼い子に位をゆずって上皇じょうこうとなり、上皇じょうこうの住まい「院いん」で政治を続けました。
  17. 1156年保元ほうげんの乱らん天皇てんのう家と藤原氏ふじわらしの後つぎ争いに武士ぶしが動員され、京都きょうとで戦いが起きました。
  18. 1159年平治へいじの乱らん保元ほうげんの乱らんで勝った平清盛たいらのきよもりと源義朝みなもとのよしともが対立し、京都きょうとで戦いました。
  19. 1167年平清盛たいらのきよもりが太政大臣だじょうだいじんになる平清盛たいらのきよもりは武士ぶしとして初めて太政大臣だじょうだいじんという最高の位に就きました。
  20. 1173年ごろ大輪田泊おおわだのとまりを修築しゅうちくし日宋貿易にっそうぼうえきを進める平清盛たいらのきよもりは瀬戸内海せとないかいの港・大輪田泊おおわだのとまり(今の神戸港)を整えて、中国の宋そうと貿易ぼうえきを行いました。
  21. 1180年源頼朝みなもとのよりともが挙兵きょへいする平氏へいしの政治に不満が高まる中、伊豆いずに流されていた源頼朝みなもとのよりともが兵へいを挙げました。
  22. 1185年壇ノ浦だんのうらの戦いで平氏へいしがほろびる源義経みなもとのよしつねの率いる源氏げんじの軍が、関門海峡かんもんかいきょうの壇ノ浦だんのうらで平氏へいしをほろぼしました。

押さえておきたいポイント

  1. 政治桓武天皇かんむてんのうがした2つのこと

    平安京へいあんきょう遷都せんとと坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろの征夷大将軍任命は、どちらも桓武天皇かんむてんのうです。

    平安京へいあんきょうに都みやこを移す(794年)
    仏教勢力や貴族きぞくの影響からはなれ、政治を立て直す
    坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろを征夷大将軍せいいたいしょうぐんにする(797年)
    胆沢城いさわじょうを築き、蝦夷えみしの指導者アテルイを降伏させる
  2. 文化・くらし遣唐使けんとうしの停止ていしから国風文化こくふうぶんかへ

    遣唐使けんとうしの停止ていしは、唐とうの力がおとろえ、航海も危険だったためです。進言した菅原道真すがわらのみちざねとセットで覚えましょう。

    1. 遣唐使けんとうしの停止ていし(894年・菅原道真すがわらのみちざねが進言)
    2. 中国文化の影響がうすれる
    3. 日本風の国風文化こくふうぶんかが生まれる
    4. かな文字の発達で女性の文学が栄える

ポイントをぜんぶ見る(一問一答)

おもな人物

平安時代の人物をぜんぶ見る(12人)

文化

平安時代の文化をくわしく見る

まぎらわしい用語

年号の語呂合わせ

  • 794年泣くよ(794)うぐいす平安京へいあんきょう
  • 797年泣くな(797)田村麻呂たむらまろ、征夷大将軍せいいたいしょうぐん
  • 806年晴れろ(806)、比叡の空に最澄さいちょうの天台宗てんだいしゅう。同じ年に空海くうかいが真言宗しんごんしゅう
  • 806年晴れろ(806)、高野の空に空海くうかいの真言宗しんごんしゅう
  • 816年入ろ(816)う高野山こうやさん、空海くうかいの金剛峯寺こんごうぶじ
  • 866年や(8)む(6)を得ず、む(6)すめの子の代わりに良房が摂政せっしょう
  • 894年白紙(894)に戻そう遣唐使けんとうし
  • 901年苦を(90)い(1)やせぬ道真みちざね、大宰府だざいふへ
  • 905年暮れご(905)ろに詠む古今和歌集こきんわかしゅう
  • 939年臭く(939)なった世の中、将門まさかど・純友すみともの乱らん
  • 939年臭く(939)なった世の中、将門まさかど・純友すみともの乱らん
  • 1016年遠い(101)む(6)かしに道長みちなが摂政せっしょう
  • 1018年遠い(101)や(8)、望月もちづきの歌で道長満足
  • 1051年人(10)恋(51)しい東北とうほくの戦い、前九年合戦ぜんくねんかっせん
  • 1052年人(10)ご(5)に(2)まぎれて末法まっぽうの世
  • 1053年人(10)ご(5)み(3)にぎわう鳳凰堂。頼通よりみち・宇治うじ・阿弥陀あみだ・10円玉
  • 1083年人(10)闇(83)に沈む清原きよはら氏、後三年合戦ごさんねんかっせん
  • 1086年一応(10)やろう(86)と白河上皇しらかわじょうこうの院政いんせい
  • 1124年いい(11)西(24)方浄土を願う金色堂。奥州藤原氏おうしゅうふじわらし=清衡きよひら・基衡もとひら・秀衡ひでひらの三代
  • 1156年清盛きよもりが力をつける いい頃(1156)、保元ほうげんの乱らん
  • 1159年人々(11)ご苦労(59)平治へいじの乱らん
  • 1167年いい(11)、むな(67)しくない出世。清盛きよもり、太政大臣だじょうだいじんに
  • 1173年いい(11)波(73)しずめて大輪田泊おおわだのとまり
  • 1180年いい(11)や(8)お(0)! 頼朝よりともついに挙兵きょへい
  • 1185年いい箱(1185)の味 壇ノ浦だんのうら

確認問題

答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。

  1. Q1平安京へいあんきょうに都みやこを移したのは何年でしょう。

    794年

    平安京へいあんきょうに都みやこを移す(794年)。桓武天皇かんむてんのうが都みやこを奈良ならの平城京へいじょうきょうから京都きょうとの平安京へいあんきょうに移しました。ごろ合わせ: 泣くよ(794)うぐいす平安京へいあんきょう

  2. Q2坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろが征夷大将軍せいいたいしょうぐんになったのは何年でしょう。

    797年

    坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろが征夷大将軍せいいたいしょうぐんになる(797年)。桓武天皇かんむてんのうは坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろを征夷大将軍せいいたいしょうぐんに任命し、東北とうほく地方の蝦夷えみしを従わせるための軍を送りました。ごろ合わせ: 泣くな(797)田村麻呂たむらまろ、征夷大将軍せいいたいしょうぐん

  3. Q3最澄さいちょうが天台宗てんだいしゅうを開いたのは何年でしょう。

    806年

    最澄さいちょうが天台宗てんだいしゅうを開く(806年)。唐とうから帰った最澄さいちょうが、比叡山ひえいざんに延暦寺えんりゃくじを建てて天台宗てんだいしゅうを開きました。ごろ合わせ: 晴れろ(806)、比叡の空に最澄さいちょうの天台宗てんだいしゅう。同じ年に空海くうかいが真言宗しんごんしゅう

  4. Q4空海くうかいが真言宗しんごんしゅうを開いたのは何年でしょう。

    806年

    空海くうかいが真言宗しんごんしゅうを開く(806年)。唐とうで密教みっきょうを学んで帰った空海くうかいが真言宗しんごんしゅうを開き、高野山こうやさんに金剛峯寺こんごうぶじを建てました。ごろ合わせ: 晴れろ(806)、高野の空に空海くうかいの真言宗しんごんしゅう

  5. Q5『遣唐使けんとうしの停止ていし』が起きたのは何年でしょう。

    894年

    遣唐使けんとうしの停止ていし(894年)。菅原道真すがわらのみちざねの意見により、遣唐使けんとうしの派遣が取りやめになりました。ごろ合わせ: 白紙(894)に戻そう遣唐使けんとうし

平安時代の一問一答でもっと解く

つぎのステップ

年代と内容は、教科書・塾教材の記述にそろえた学習用のものです。異説がある年は、年表アプリの項目の中に記しています。まちがいを見つけたらお問い合わせから教えてください。