縄文時代の年表とできごと

縄文時代は約1万4千年前から紀元前300年ごろまでの約1万4千年間で、土器と竪穴住居で定住が始まる時代です。縄文土器と竪穴住居が使われ、人々は狩りや漁、木の実の採集をしながら、同じ場所に住み続けるようになりました。
- いつから
- 約1万4千年前
- いつまで
- 紀元前300年ごろ
- 長さ
- 約1万4千年間
- 前の時代
- 旧石器時代
- 次の時代
- 弥生時代
- キーワード
- 縄文土器・竪穴住居・貝塚・土偶・三内丸山遺跡
この時代でおさえること
- 縄文土器・磨製石器
- 竪穴住居・貝塚
- 三内丸山遺跡
- 土偶
縄文時代のくらしとしくみ
縄文時代のくらし
縄文土器や磨製石器、弓矢を使い、狩りや漁、木の実の採集をしてくらしました。竪穴住居に定住し、貝塚や土偶が残っています。
氷期が終わって気候が暖かくなり、森が広がると、人々はシカやイノシシを弓矢で狩り、魚や貝をとり、クリやドングリを集めて食べるようになりました。食べ物を煮たりたくわえたりするために縄文土器をつくり、石をみがいた磨製石器も使いました。地面を掘って柱を立てた竪穴住居に住み、むらをつくって定住しました。食べたあとの貝がらを捨てた場所が貝塚、まじないに使ったと考えられる人形が土偶です。身分の差はまだ小さく、貧富の差もあまりなかったと考えられています。
- 縄文土器(厚手・縄目の模様)と磨製石器、弓矢
- 竪穴住居に定住。貝塚・土偶
- 狩り・漁・採集が中心で、身分や貧富の差は小さい
縄文時代の年表
中学受験でよく出るできごとを、年の順にならべました。できごとの名前をタップすると、年表アプリで前後の流れを見られます。
- 約1万3千年前縄文土器がつくられ始める表面に縄目の模様がついた厚手の土器です。
- 約1万2千年前磨製石器と弓矢が使われる石の表面をみがいてつくった磨製石器や、すばやい動物をとらえるための弓矢が使われるようになりました。
- 約1万1千年前竪穴住居に住み、定住が始まる地面をほり下げて柱を立て、屋根をかけた竪穴住居がつくられました。
- 約1万年前現在の日本列島が形づくられる約1万年前に氷期が終わって気候が暖かくなり、海面が上がって日本列島は大陸から切りはなされました。
- 前5000年ごろ貝塚がつくられる貝塚は、縄文時代の人々が食べた貝のからや、魚や動物の骨、こわれた土器などを捨てた場所です。
- 前3500年ごろ三内丸山遺跡(青森県)青森県にある縄文時代の大きなむらのあとです。
- 前3000年ごろ大森貝塚(東京都)東京都にある縄文時代の貝塚です。
- 前3000年ごろ土偶がつくられる土でつくった人の形の焼き物です。
まぎらわしい用語
確認問題
答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。
Q1青森県にある縄文時代の大きなむらのあとです。大型の竪穴住居や高い柱のあと、クリの栽培のあとなどが見つかり、縄文時代のイメージを変えました。この説明にあてはまる遺跡を何といいますか。
三内丸山遺跡
三内丸山遺跡(青森県)(前3500年ごろ)。1500年以上続いたと考えられる大規模な集落で、長さ30メートルをこえる大型竪穴住居や、直径1メートルほどのクリの柱を6本立てた建物のあとが見つかっています。
Q2東京都にある縄文時代の貝塚です。1877年にアメリカ人のモースが汽車の窓から見つけ、日本で初めて学問として発掘された遺跡になりました。この説明にあてはまる貝塚を何といいますか。
大森貝塚
大森貝塚(東京都)(前3000年ごろ)。覚え方: 大森貝塚=モース=東京。「森」で「モー」スが発見
Q3土偶と埴輪のうち、用途が『まじない・いのり』なのはどちらでしょう。
土偶
土偶の用途は『まじない・いのり』です。ほかは埴輪が『古墳のまわりに並べる』です。
Q4土偶と埴輪のうち、用途が『古墳のまわりに並べる』なのはどちらでしょう。
埴輪
埴輪の用途は『古墳のまわりに並べる』です。ほかは土偶が『まじない・いのり』です。
Q5土偶と埴輪のうち、形が『人(女性が多い)』なのはどちらでしょう。
土偶
土偶の形は『人(女性が多い)』です。ほかは埴輪が『人・馬・家・円筒』です。
つぎのステップ
年代と内容は、教科書・塾教材の記述にそろえた学習用のものです。異説がある年は、年表アプリの項目の中に記しています。まちがいを見つけたらお問い合わせから教えてください。