古墳時代の年表とできごと

古墳時代は250年ごろから592年までの約340年間で、大和政権が国土をまとめ、大陸から文化が入る時代です。各地に前方後円墳がつくられ、大和政権が九州から東北南部までの豪族をしたがえました。渡来人が、漢字や仏教などの大陸の文化を伝えました。
- いつから
- 250年ごろ
- いつまで
- 592年
- 長さ
- 約340年間
- 前の時代
- 弥生時代
- 次の時代
- 飛鳥時代
- キーワード
- 前方後円墳・大和政権・渡来人・埴輪・仏教の伝来
この時代でおさえること
- 前方後円墳(大仙古墳)
- 大和政権・大王
- 渡来人
- 仏教伝来(538)
古墳時代のくらしとしくみ
古墳時代(大和政権の広がり)
各地の王や豪族が大きな古墳をつくった時代です。奈良盆地の大和政権が力を広げ、5世紀には九州から東北南部までの豪族をしたがえました。
3世紀後半、奈良県を中心に前方後円墳がつくられ始め、やがて全国に広がりました。同じ形の古墳が各地にあることは、大和政権(ヤマト王権)が各地の豪族をしたがえていったことを示しています。大和政権の王は大王(おおきみ)とよばれ、豪族には氏(うじ)と姓(かばね)をあたえて治めました。朝鮮半島や中国とも交流し、渡来人が新しい技術や文化を伝えました。
- 大和政権(奈良県)が各地の豪族をしたがえる
- 王は「大王」。氏姓制度で豪族を治める
- 前方後円墳の広がり=大和政権の力の広がり
古墳時代の年表
中学受験でよく出るできごとを、年の順にならべました。できごとの名前をタップすると、年表アプリで前後の流れを見られます。
- 300年ごろ前方後円墳がつくられ始める前が四角く後ろが丸い、かぎ穴の形をした王や豪族の墓です。
- 400年ごろ大和政権が各地の豪族をしたがえる奈良盆地を中心とする大和政権が、5世紀ごろまでに九州から東北地方の南部までの豪族をしたがえました。
- 400年ごろ渡来人が大陸の文化を伝える朝鮮半島や中国から日本に移り住んだ人々を渡来人といいます。
- 450年ごろ氏姓制度で豪族を治める大和政権は、豪族を血のつながりで氏(うじ)というグループに分け、家がらや役目を示す姓(かばね)をあたえて治めました。
- 450年ごろ大仙古墳(仁徳天皇陵古墳)がつくられる大阪府堺市にある日本最大の前方後円墳です。
- 471年稲荷山古墳の鉄剣(ワカタケル大王)埼玉県の稲荷山古墳から出た鉄剣に「ワカタケル大王」の名が刻まれていました。
- 478年倭王武が中国の南朝に使いを送る5世紀、倭の五王とよばれる大和政権の王たちが中国の南朝にたびたび使いを送りました。
- 538年仏教が伝わる朝鮮半島の百済の王から、大和政権に仏像や経典が送られ、仏教が正式に伝わりました。
- 589年隋が中国を統一する長く分かれていた中国を隋が統一しました。
おもな人物
年号の語呂合わせ
- 538年百済の仏にご参拝(538)
確認問題
答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。
Q1仏教が正式に伝わった年として、多くの教科書がのせているのは何年でしょう。
538年
仏教が伝わる(538年)。朝鮮半島の百済の王から、大和政権に仏像や経典が送られ、仏教が正式に伝わりました。ほかの年で習うこともあります(538年説(『上宮聖徳法王帝説』)と552年説(『日本書紀』)がある)。ごろ合わせ: 百済の仏にご参拝(538)
Q2稲荷山古墳の鉄剣に刻まれた「辛亥年」が示すと考えられているのは何年でしょう。
471年
稲荷山古墳の鉄剣(ワカタケル大王)(471年)。埼玉県の稲荷山古墳から出た鉄剣に「ワカタケル大王」の名が刻まれていました。ほかの年で習うこともあります(刻まれた「辛亥年」を471年とする説が有力)。
Q3倭王武が中国の南朝に使いを送ったのは何年でしょう。
478年
倭王武が中国の南朝に使いを送る(478年)。5世紀、倭の五王とよばれる大和政権の王たちが中国の南朝にたびたび使いを送りました。
Q4隋が中国を統一したのは何年でしょう。
589年
隋が中国を統一する(589年)。長く分かれていた中国を隋が統一しました。
つぎのステップ
年代と内容は、教科書・塾教材の記述にそろえた学習用のものです。異説がある年は、年表アプリの項目の中に記しています。まちがいを見つけたらお問い合わせから教えてください。
