飛鳥時代の年表とできごと

飛鳥時代を表すイラスト

飛鳥時代は592年から710年までの約120年間で、天皇中心の国づくりが始まる時代です。聖徳太子の政治から大化の改新、壬申の乱をへて、701年の大宝律令で、律令にもとづいて天皇が全国を治めるしくみが整いました。

2026/09/19 更新・ふりがなつき

いつから
592年
いつまで
710年
長さ
約120年間
前の時代
古墳時代こふんじだい
次の時代
奈良時代ならじだい
中心になった人
聖徳太子しょうとくたいし・中大兄皇子なかのおおえのおうじ・中臣鎌足なかとみのかまたり・天武天皇てんむてんのう

この時代の流れ

  1. 聖徳太子しょうとくたいしの政治(冠位十二階かんいじゅうにかい・十七条じゅうしちじょうの憲法けんぽう・遣隋使けんずいし)
  2. 大化たいかの改新かいしん(645)
  3. 壬申じんしんの乱らん(672)
  4. 大宝律令たいほうりつりょう(701)

飛鳥時代の年表

中学受験でよく出るできごとを、年の順にならべました。できごとの名前をタップすると、年表アプリで前後の流れを見られます。

  1. 593年聖徳太子しょうとくたいしが摂政せっしょうとなる推古天皇すいこてんのうが即位すると、おいの聖徳太子しょうとくたいし(厩戸皇子うまやどのおうじ)が摂政せっしょうとなり、天皇てんのうを助けて政治を行うことになりました。
  2. 600年隋ずいに使いが送られる(第1回遣隋使けんずいし)中国を統一とういつした隋ずいに、日本から最初の使いが送られました。
  3. 603年冠位十二階かんいじゅうにかいが定められる聖徳太子しょうとくたいしが、家がらではなく本人の能力や手がらによって役人やくにんの位を決める制度をつくりました。
  4. 604年十七条じゅうしちじょうの憲法けんぽう(憲法けんぽう十七条じゅうしちじょう)が定められる聖徳太子しょうとくたいしが、役人やくにんが守るべき心構えを17条にまとめました。
  5. 607年小野妹子おののいもこが隋ずいに送られる(遣隋使けんずいし)聖徳太子しょうとくたいしは小野妹子おののいもこを隋ずいに送り、対等な国交を求めました。
  6. 618年唐とうが建国けんこくされる隋ずいにかわって唐とうが中国を治めるようになりました。
  7. 630年犬上御田鍬いぬがみのみたすきが唐とうに送られる(第1回遣唐使けんとうし)隋ずいにかわって中国を治めた唐とうに、犬上御田鍬いぬがみのみたすきが最初の遣唐使けんとうしとして送られました。
  8. 645年大化たいかの改新かいしん(中大兄皇子なかのおおえのおうじらが蘇我氏そがしを滅ぼす)中大兄皇子なかのおおえのおうじと中臣鎌足なかとみのかまたりが、大きな力をもっていた蘇我蝦夷そがのえみし・入鹿いるかの親子をたおし、天皇てんのう中心の国づくりを進めた改革かいかくです。
  9. 663年白村江はくすきのえの戦いで日本軍にほんぐんが敗れる滅ぼされた百済くだらを助けるために朝鮮半島へ送った日本軍にほんぐんが、唐とうと新羅の連合軍に大敗しました。
  10. 672年壬申じんしんの乱らんが起こる天智天皇てんじてんのうの死後、弟の大海人皇子おおあまのおうじと子の大友皇子おおとものおうじがあとつぎをめぐって戦い、大海人皇子おおあまのおうじが勝って天武天皇てんむてんのうとなりました。
  11. 694年都みやこが藤原京ふじわらきょうに移される持統天皇じとうてんのうが、唐とうの都みやこを手本にした日本で最初の本格的な都みやこである藤原京ふじわらきょうに都みやこを移しました。
  12. 701年大宝律令たいほうりつりょうが完成かんせいする唐とうの法律を手本にした大宝律令たいほうりつりょうが完成かんせいし、律令りつりょうにもとづいて天皇てんのうが全国を治めるしくみが整いました。
  13. 708年和同開珎わどうかいちんがつくられる武蔵むさし国(埼玉県さいたまけん秩父ちちぶ)から銅どうが献上されたことを記念して、唐とうの貨幣にならった和同開珎わどうかいちんがつくられました。

押さえておきたいポイント

  1. 政治聖徳太子しょうとくたいしの政治は年の順で

    推古天皇すいこてんのう(日本初の女性天皇)の摂政せっしょうとして、蘇我馬子そがのうまこと協力しました。目的は豪族ごうぞくの力をおさえ、天皇てんのう中心の国づくりを進めることです。

    1. 593年聖徳太子しょうとくたいしが摂政せっしょうになる
    2. 603年冠位十二階かんいじゅうにかい
    3. 604年十七条じゅうしちじょうの憲法けんぽう
    4. 607年小野妹子おののいもこを隋ずいに送る
  2. 外交・世界遣隋使けんずいしと遣唐使けんとうしを区別する

    607年の小野妹子おののいもこは2回目の遣隋使けんずいしです。犬上御田鍬いぬがみのみたすきは614年に最後の遣隋使けんずいし、630年に最初の遣唐使けんとうしになりました。

    遣隋使けんずいし遣唐使けんとうし
    相手の国隋ずい唐とう
    第1回600年630年(犬上御田鍬いぬがみのみたすき)
    覚えたい人物小野妹子おののいもこ(607年)犬上御田鍬いぬがみのみたすき
  3. 文化・くらし飛鳥文化あすかぶんかと白鳳文化はくほうぶんかのちがい

    飛鳥文化あすかぶんかのあとが白鳳文化はくほうぶんか、そのあとが天平文化てんぴょうぶんかの順です。

    飛鳥文化あすかぶんか白鳳文化はくほうぶんか
    ころ聖徳太子しょうとくたいしのころ天武てんむ・持統天皇じとうてんのうのころ
    特色日本で最初の仏教ぶっきょう文化唐とうの影響を受ける
    代表法隆寺ほうりゅうじ・釈迦三尊像しゃかさんぞんぞう・弥勒菩薩像みろくぼさつぞう薬師寺やくしじ・高松塚古墳たかまつづかこふんの壁画へきが

ポイントをぜんぶ見る(一問一答)

おもな人物

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文化

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まぎらわしい用語

年号の語呂合わせ

  • 593年国民(593)歓迎 太子たいしの政治
  • 603年老齢(60)でも見(3)やすい 冠かんむりの色
  • 604年群れよ(604)る民に 憲法けんぽう十七条じゅうしちじょう
  • 607年蒸れな(607)がら船に 小野妹子おののいもこ
  • 630年む(6)かって みれ(30)よ 唐とうの国
  • 645年蒸し(64)殺(5)して大化たいかの改新かいしん
  • 663年無残(663)に大敗 白村江はくすきのえ
  • 672年ろく(6)でもない(7)二人(2)の皇子おうじ
  • 694年無(6)理だ苦し(94)い 藤原京ふじわらきょう
  • 701年なれ一番(701)の 律令国家りつりょうこっか
  • 708年なまるは(708)秩父ちちぶ 銅どうのゼニ

確認問題

答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。

  1. Q1聖徳太子しょうとくたいしが摂政せっしょうとなったのは何年でしょう。

    593年

    聖徳太子しょうとくたいしが摂政せっしょうとなる(593年)。推古天皇すいこてんのうが即位すると、おいの聖徳太子しょうとくたいし(厩戸皇子うまやどのおうじ)が摂政せっしょうとなり、天皇てんのうを助けて政治を行うことになりました。ごろ合わせ: 国民(593)歓迎 太子たいしの政治

  2. Q2冠位十二階かんいじゅうにかいが定められたのは何年でしょう。

    603年

    冠位十二階かんいじゅうにかいが定められる(603年)。聖徳太子しょうとくたいしが、家がらではなく本人の能力や手がらによって役人やくにんの位を決める制度をつくりました。ごろ合わせ: 老齢(60)でも見(3)やすい 冠かんむりの色

  3. Q3十七条じゅうしちじょうの憲法けんぽう(憲法けんぽう十七条じゅうしちじょう)が定められたのは何年でしょう。

    604年

    十七条じゅうしちじょうの憲法けんぽう(憲法けんぽう十七条じゅうしちじょう)が定められる(604年)。聖徳太子しょうとくたいしが、役人やくにんが守るべき心構えを17条にまとめました。ごろ合わせ: 群れよ(604)る民に 憲法けんぽう十七条じゅうしちじょう

  4. Q4小野妹子おののいもこが隋ずいに送られた(遣隋使けんずいし)のは何年でしょう。

    607年

    小野妹子おののいもこが隋ずいに送られる(遣隋使けんずいし)(607年)。聖徳太子しょうとくたいしは小野妹子おののいもこを隋ずいに送り、対等な国交を求めました。ごろ合わせ: 蒸れな(607)がら船に 小野妹子おののいもこ

  5. Q5『大化たいかの改新かいしん(中大兄皇子なかのおおえのおうじらが蘇我氏そがしを滅ぼす)』が起きたのは何年でしょう。

    645年

    大化たいかの改新かいしん(中大兄皇子なかのおおえのおうじらが蘇我氏そがしを滅ぼす)(645年)。中大兄皇子なかのおおえのおうじと中臣鎌足なかとみのかまたりが、大きな力をもっていた蘇我蝦夷そがのえみし・入鹿いるかの親子をたおし、天皇てんのう中心の国づくりを進めた改革かいかくです。ごろ合わせ: 蒸し(64)殺(5)して大化たいかの改新かいしん

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つぎのステップ

年代と内容は、教科書・塾教材の記述にそろえた学習用のものです。異説がある年は、年表アプリの項目の中に記しています。まちがいを見つけたらお問い合わせから教えてください。