平安時代の人物

平安時代の人物で、中学受験によく出るのは桓武天皇・坂上田村麻呂・最澄・空海・菅原道真・藤原道長・清少納言・紫式部・藤原頼通・白河上皇・平清盛です。このページでは12人を、何をした人か・入試のポイントといっしょにまとめました。

2026/09/19 更新・ふりがなつき

平安時代の人物一覧

政治・外交(7人)

人物何をした人か
桓武天皇かんむてんのう794年に都みやこを平安京へいあんきょうに移した天皇てんのうです。
坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろ桓武天皇かんむてんのうに征夷大将軍せいいたいしょうぐんに任命され、東北とうほく地方の蝦夷えみしと戦った武人です。
菅原道真すがわらのみちざね学問にすぐれ右大臣うだいじんにまでなった貴族きぞくです。
藤原道長ふじわらのみちなが4人の娘むすめを天皇てんのうのきさきにして力を強め、摂政せっしょうとなって摂関政治せっかんせいじの全盛期を築いた貴族きぞくです。
藤原頼通ふじわらのよりみち藤原道長ふじわらのみちながの子で、約50年間にわたって摂政せっしょう・関白かんぱくを務めました。
白河上皇しらかわじょうこう1086年に幼い子に天皇てんのうの位をゆずり、上皇じょうこうとして政治を行う院政いんせいを始めました。
平清盛たいらのきよもり保元ほうげん・平治へいじの乱らんに勝ち、武士ぶしとして初めて太政大臣だじょうだいじんになった平氏へいしの頭領です。

文化・宗教(5人)

人物何をした人か
最澄さいちょう唐とうで学んで帰国きこくし、比叡山ひえいざんに延暦寺えんりゃくじを建てて天台宗てんだいしゅうを開いた僧そうです。
空海くうかい唐とうで密教みっきょうを学び、帰国きこくして真言宗しんごんしゅうを開いた僧そうです。
清少納言せいしょうなごん随筆ずいひつ『枕草子まくらのそうし』を書いた女性の作家です。
紫式部むらさきしきぶ長編小説『源氏物語げんじものがたり』を書いた女性の作家です。
紀貫之きのつらゆき醍醐天皇だいごてんのうの命令めいれいで『古今和歌集こきんわかしゅう』をまとめた歌人かじんです。

表でくらべる

最澄と空海のちがい

最澄さいちょう空海くうかい
宗派しゅうは天台宗てんだいしゅう真言宗しんごんしゅう
開いた寺比叡山ひえいざん延暦寺えんりゃくじ(滋賀県しがけん)高野山こうやさん金剛峯寺こんごうぶじ(和歌山県)
おくり名伝教大師でんぎょうだいし弘法大師こうぼうだいし
特徴のちに鎌倉仏教かまくらぶっきょうの開祖かいそを多く育てた書にすぐれ「弘法こうぼうにも筆の誤り」のことわざで知られる
年表で「最澄が天台宗を開く」を見る

藤原道長と藤原頼通

藤原道長ふじわらのみちなが藤原頼通ふじわらのよりみち
関係父子
役職摂政せっしょう(1016年)→太政大臣だじょうだいじん摂政せっしょう・関白かんぱくを約50年
有名なもの望月もちづきの歌、法成寺平等院鳳凰堂びょうどういんほうおうどう(1053年・宇治うじ)
時代の様子摂関政治せっかんせいじの頂点末法思想まっぽうしそうが広まり、後半は摂関政治せっかんせいじがおとろえる
年表で「藤原道長が摂政になる」を見る

人物をくわしく

  • 桓武天皇

    かんむてんのう

    794年に都みやこを平安京へいあんきょうに移した天皇てんのうです。寺院じいんの力から政治を切り離し、坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろを送って東北とうほくの蝦夷えみしを従わせるなど、律令政治りつりょうせいじの立て直しを進めました。

    • 平安京へいあんきょう遷都せんと(794年)と坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろの征夷大将軍任命はどちらも桓武天皇かんむてんのう
    • 遷都せんとの目的:仏教勢力や貴族きぞくの影響からはなれて政治を立て直す
    • 長岡京ながおかきょう(784年)→平安京へいあんきょう(794年)の順。奈良時代ならじだいの元明天皇げんめいてんのう(平城京へいじょうきょう)と区別する
    年表で見る
  • 坂上田村麻呂

    さかのうえのたむらまろ

    桓武天皇かんむてんのうに征夷大将軍せいいたいしょうぐんに任命され、東北とうほく地方の蝦夷えみしと戦った武人です。胆沢城いさわじょうを築き、蝦夷えみしの指導者アテルイを降伏させて朝廷ちょうていの支配しはいを広げました。

    • 征夷大将軍せいいたいしょうぐんに任命された(797年)のは桓武天皇かんむてんのうの時代
    • 胆沢城いさわじょう(岩手県)を築き、蝦夷えみしの指導者アテルイを降伏させた
    • 征夷大将軍せいいたいしょうぐんはのちに源頼朝以降の武家政権の頭領の役職名となる
    年表で見る
  • 最澄

    さいちょう

    唐とうで学んで帰国きこくし、比叡山ひえいざんに延暦寺えんりゃくじを建てて天台宗てんだいしゅうを開いた僧そうです。伝教大師でんぎょうだいしともよばれ、延暦寺えんりゃくじはのちに多くの僧そうを育てる仏教ぶっきょうの中心になりました。

    • 最澄さいちょう=天台宗てんだいしゅう=比叡山ひえいざん延暦寺えんりゃくじ(滋賀県しがけん)=伝教大師でんぎょうだいし
    • 空海くうかい(真言宗しんごんしゅう・高野山こうやさん金剛峯寺こんごうぶじ・弘法大師こうぼうだいし)との対比で必ず問われる
    • 延暦寺えんりゃくじは鎌倉新仏教かまくらしんぶっきょうの開祖かいそたちが学んだ場所
    年表で見る読みもの: 天台宗と真言宗のちがい(最澄と空海)
  • 空海

    くうかい

    唐とうで密教みっきょうを学び、帰国きこくして真言宗しんごんしゅうを開いた僧そうです。高野山こうやさんに金剛峯寺こんごうぶじを建て、弘法大師こうぼうだいしともよばれます。書の名人としても知られています。

    • 空海くうかい=真言宗しんごんしゅう=高野山こうやさん金剛峯寺こんごうぶじ(和歌山県)=弘法大師こうぼうだいし
    • 京都きょうとの東寺とうじ(教王護国寺きょうおうごこくじ)も空海くうかいの寺。綜芸種智院しゅげいしゅちいん・満濃池まんのういけも関連
    • 三筆(空海くうかい・嵯峨天皇・橘逸勢)の一人。「弘法こうぼうにも筆の誤り」
    年表で見る読みもの: 天台宗と真言宗のちがい(最澄と空海)
  • 菅原道真

    すがわらのみちざね

    学問にすぐれ右大臣うだいじんにまでなった貴族きぞくです。894年に遣唐使けんとうしの停止ていしを進言しましたが、藤原氏ふじわらしのたくらみで大宰府だざいふに左遷させんされ、のちに学問の神様としてまつられました。

    • 894年の遣唐使けんとうし停止ていしを進言した人物。宇多天皇うだてんのうに重用された
    • 901年に藤原時平ふじわらのときひらの陰謀で大宰府だざいふに左遷させんされ、903年に死去
    • 死後、天神としてまつられる(北野天満宮・太宰府天満宮)。学問の神様
    年表で見る
  • 藤原道長

    ふじわらのみちなが

    4人の娘むすめを天皇てんのうのきさきにして力を強め、摂政せっしょうとなって摂関政治せっかんせいじの全盛期を築いた貴族きぞくです。「この世をば…」の望月もちづきの歌で有名です。

    • 娘むすめを天皇てんのうのきさきにして外戚がいせきとなり、1016年に摂政せっしょうになった=摂関政治せっかんせいじの全盛期
    • 「この世をば わが世とぞ思ふ 望月もちづきの…」の作者
    • 子の藤原頼通ふじわらのよりみちが平等院鳳凰堂びょうどういんほうおうどうを建てた。道長みちながと頼通よりみちの親子を区別する
    年表で見る読みもの: 摂政と関白のちがい
  • 清少納言

    せいしょうなごん

    随筆ずいひつ『枕草子まくらのそうし』を書いた女性の作家です。一条天皇いちじょうてんのうのきさき・定子ていしに仕え、「春はあけぼの」で始まる文章で四季の美しさや宮中の暮らしを生き生きとえがきました。

    • 『枕草子まくらのそうし』の作者。「春はあけぼの」で始まる日本最初の随筆ずいひつ
    • 一条天皇いちじょうてんのうのきさき・定子ていしに仕えた(紫式部むらさきしきぶは彰子しょうしに仕えた)
    • 三大随筆:『枕草子まくらのそうし』(平安へいあん)『方丈記ほうじょうき』(鎌倉かまくら)『徒然草つれづれぐさ』(室町むろまち・鎌倉かまくら末)の時代順
    年表で見る
  • 紫式部

    むらさきしきぶ

    長編小説『源氏物語げんじものがたり』を書いた女性の作家です。藤原道長ふじわらのみちながの娘むすめで一条天皇いちじょうてんのうのきさきの彰子しょうしに仕え、かな文字を使って貴族きぞくの暮らしや心を細やかにえがきました。

    • 『源氏物語げんじものがたり』の作者。かな文字を使った長編小説(国風文化こくふうぶんか)
    • 藤原道長ふじわらのみちながの娘むすめ・彰子しょうし(一条天皇いちじょうてんのうのきさき)に仕えた
    • 清少納言せいしょうなごん(『枕草子まくらのそうし』・定子ていしに仕えた)との対比で出題される
    年表で見る
  • 藤原頼通

    ふじわらのよりみち

    藤原道長ふじわらのみちながの子で、約50年間にわたって摂政せっしょう・関白かんぱくを務めました。宇治うじに平等院鳳凰堂びょうどういんほうおうどうを建て、阿弥陀仏あみだぶつをまつって極楽浄土ごくらくじょうどへの往生を願いました。

    • 藤原道長ふじわらのみちながの子。約50年間摂政せっしょう・関白かんぱくを務めた
    • 平等院鳳凰堂びょうどういんほうおうどう(1053年・京都府宇治市)を建てた。浄土教じょうどきょう・末法思想まっぽうしそうと関連
    • 頼通よりみちのあと、藤原氏ふじわらしを外戚がいせきとしない後三条天皇が即位し、摂関政治せっかんせいじはおとろえた
    年表で見る読みもの: 摂政と関白のちがい
  • 白河上皇

    しらかわじょうこう

    1086年に幼い子に天皇てんのうの位をゆずり、上皇じょうこうとして政治を行う院政いんせいを始めました。北面ほくめんの武士ぶしを置くなど、藤原氏ふじわらしをおさえて強い力をふるいました。

    • 1086年に院政いんせいを始めた上皇じょうこう。上皇じょうこう=位をゆずった天皇てんのう。出家しゅっけすると法皇ほうおう
    • 院政いんせいにより藤原氏ふじわらしの摂関政治せっかんせいじはおとろえた(摂関政治せっかんせいじ→院政いんせい→平氏政権へいしせいけんの流れ)
    • 北面ほくめんの武士ぶしを置いて平氏へいしを取り立て、武士ぶしが中央に進出するきっかけを作った
    年表で見る
  • 平清盛

    たいらのきよもり

    保元ほうげん・平治へいじの乱らんに勝ち、武士ぶしとして初めて太政大臣だじょうだいじんになった平氏へいしの頭領です。娘むすめを天皇てんのうのきさきにし、日宋貿易にっそうぼうえきを進め、厳島神社いつくしまじんじゃを整えて平氏へいしの全盛期を築きました。

    • 保元ほうげんの乱らん・平治へいじの乱らんに勝利し、1167年に武士ぶしとして初めて太政大臣だじょうだいじんになった
    • 娘むすめを天皇てんのうのきさきにして外戚がいせきとなる(藤原氏ふじわらしと同じ方法)。孫が安徳天皇あんとくてんのう
    • 日宋貿易にっそうぼうえき(大輪田泊おおわだのとまり・神戸こうべ)と厳島神社いつくしまじんじゃ(広島県・世界遺産)の整備せいび
    年表で見る
  • 紀貫之

    きのつらゆき

    醍醐天皇だいごてんのうの命令めいれいで『古今和歌集こきんわかしゅう』をまとめた歌人かじんです。土佐とさから京都きょうとへ帰る旅を、女性のふりをしてかな文字で書いた『土佐日記とさにっき』でも知られます。

    • 『古今和歌集こきんわかしゅう』(905年・醍醐天皇だいごてんのうの勅命ちょくめい・最初の勅撰和歌集ちょくせんわかしゅう)の編者
    • 『土佐日記とさにっき』は男性の貫之が女性のふりをしてかな文字で書いた最初の日記文学
    • 三大和歌集:『万葉集まんようしゅう』(奈良なら・大伴家持おおとものやかもちら)『古今和歌集こきんわかしゅう』(平安へいあん)『新古今和歌集しんこきんわかしゅう』(鎌倉かまくら・藤原定家ふじわらのていから)の区別
    年表で見る

確認問題

答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。

  1. Q1794年に都みやこを平安京へいあんきょうに移した天皇てんのうです。寺院じいんの力から政治を切り離し、坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろを送って東北とうほくの蝦夷えみしを従わせるなど、律令政治りつりょうせいじの立て直しを進めました。この天皇てんのうはだれでしょう。

    桓武天皇かんむてんのう

    桓武天皇かんむてんのうは781年に即位し、奈良ならの大寺院じいんや貴族きぞくの力が強くなりすぎた政治を立て直そうとしました。

  2. Q2桓武天皇かんむてんのうに征夷大将軍せいいたいしょうぐんに任命され、東北とうほく地方の蝦夷えみしと戦った武人です。胆沢城いさわじょうを築き、蝦夷えみしの指導者アテルイを降伏させて朝廷ちょうていの支配しはいを広げました。この武人はだれでしょう。

    坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろ

    坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろは武勇にすぐれた貴族きぞくで、桓武天皇かんむてんのうのもとで蝦夷えみしとの戦いに何度も加わりました。

  3. Q3唐とうで学んで帰国きこくし、比叡山ひえいざんに延暦寺えんりゃくじを建てて天台宗てんだいしゅうを開いた僧そうです。伝教大師でんぎょうだいしともよばれ、延暦寺えんりゃくじはのちに多くの僧そうを育てる仏教ぶっきょうの中心になりました。この僧そうはだれでしょう。

    最澄さいちょう

    最澄さいちょうは近江おうみ(滋賀県しがけん)に生まれ、若いころから比叡山ひえいざんで修行しゅぎょうしました。

  4. Q4『京都きょうとの東寺とうじ(教王護国寺きょうおうごこくじ)も○○の寺。綜芸種智院しゅげいしゅちいん・満濃池まんのういけも関連』という特徴にあてはまる人物はだれでしょう。

    空海くうかい

    唐とうで密教みっきょうを学び、帰国きこくして真言宗しんごんしゅうを開いた僧そうです。

  5. Q5学問にすぐれ右大臣うだいじんにまでなった貴族きぞくです。894年に遣唐使けんとうしの停止ていしを進言しましたが、藤原氏ふじわらしのたくらみで大宰府だざいふに左遷させんされ、のちに学問の神様としてまつられました。この貴族きぞくはだれでしょう。

    菅原道真すがわらのみちざね

    菅原道真すがわらのみちざねは学者の家に生まれ、詩や学問にすぐれていたため宇多天皇うだてんのうに重く用いられました。

平安時代の一問一答でもっと解く

平安時代の読みもの

つぎのステップ

年代と内容は、教科書・塾教材の記述にそろえた学習用のものです。異説がある年は、年表アプリの項目の中に記しています。まちがいを見つけたらお問い合わせから教えてください。