平安時代の文化(平安初期の仏教(密教)・国風文化)

平安時代の文化は、平安初期の仏教(密教)・国風文化です。最澄の天台宗と空海の真言宗が開かれ、山の中で修行し祈とうで願いをかなえる密教が貴族に広まった時期です。遣唐使の停止後、日本の風土や生活に合った文化が生まれました。

2026/09/19 更新・ふりがなつき

平安時代の文化の特色

平安初期の仏教(密教)

最澄さいちょうの天台宗てんだいしゅうと空海くうかいの真言宗しんごんしゅうが開かれ、山の中で修行しゅぎょうし祈とうで願いをかなえる密教みっきょうが貴族きぞくに広まった時期です。奈良ならの仏教ぶっきょうとはちがう新しい仏教ぶっきょうでした。

桓武天皇かんむてんのうは奈良ならの大寺院じいんが政治に関わることをきらい、新しい仏教ぶっきょうを求めました。804年の遣唐使けんとうしで唐とうへ渡った最澄さいちょうと空海くうかいは、それぞれ天台宗てんだいしゅうと真言宗しんごんしゅうを開き、比叡山ひえいざんと高野山こうやさんという都みやこから離れた山の中に寺を建てて修行しゅぎょうしました。特に真言宗しんごんしゅうの密教みっきょうは、加持祈とうによって病気を治したり願いをかなえたりするとされ、貴族きぞくの間に広く受け入れられました。この時期は唐とうの文化の影響が強く、漢詩文がさかんで、空海くうかいらの三筆が活やくしました。彫刻ちょうこくでは一木造の仏像ぶつぞう、絵画では曼荼羅が作られました。この時期の文化は弘仁・貞観文化とよばれ、遣唐使けんとうし停止ていし後の国風文化こくふうぶんかとは区別されます。

  • 天台宗てんだいしゅう(最澄さいちょう・比叡山ひえいざん延暦寺えんりゃくじ)と真言宗しんごんしゅう(空海くうかい・高野山こうやさん金剛峯寺こんごうぶじ)の対比
  • 奈良ならの仏教ぶっきょう(国を守る・都みやこの大寺院じいん)と平安初期へいあんしょきの仏教ぶっきょう(山で修行しゅぎょう・密教みっきょう)のちがい
  • 平安初期へいあんしょき=密教みっきょう(弘仁・貞観文化)→平安中期=浄土教じょうどきょう(国風文化こくふうぶんか)という仏教ぶっきょうの変へん化
  • 唐とうの影響が強い時期で、三筆(空海くうかい・嵯峨天皇・橘逸勢)や漢詩文がさかん

国風文化

遣唐使けんとうしの停止ていし後、日本の風土や生活に合った文化が生まれました。かな文字・寝殿造しんでんづくり・大和絵やまとえ・十二単じゅうにひとえなどが特徴で、『源氏物語げんじものがたり』や『枕草子まくらのそうし』が書かれました。

894年に遣唐使けんとうしが停止ていしされると、中国文化の影響がうすれ、それまでに取り入れた文化を日本の風土や貴族きぞくの生活に合わせて作りかえた国風文化こくふうぶんかが生まれました。漢字かんじをくずしたひらがなや、漢字かんじの一部からできたカタカナが使われるようになり、紀貫之きのつらゆきの『古今和歌集こきんわかしゅう』、紫式部むらさきしきぶの『源氏物語げんじものがたり』、清少納言せいしょうなごんの『枕草子まくらのそうし』など、特に女性による文学が栄えました。貴族きぞくは寝殿造しんでんづくりの屋敷に住み、男性は束帯、女性は十二単じゅうにひとえを着ました。絵画では日本の風景をえがく大和絵やまとえが発達しました。また末法思想まっぽうしそうの広まりとともに浄土教じょうどきょうが流行し、藤原頼通ふじわらのよりみちの平等院鳳凰堂びょうどういんほうおうどうが建てられました。

  • 因果:遣唐使けんとうし停止ていし(894年)→中国文化の影響がうすれる→日本風の国風文化こくふうぶんか
  • かな文字の発達→女性の文学(源氏物語げんじものがたり・枕草子まくらのそうし)。和歌わか(古今和歌集こきんわかしゅう)・日記(土佐日記とさにっき)
  • 貴族きぞくの生活:寝殿造しんでんづくり・束帯・十二単じゅうにひとえ・年中行事。絵画は大和絵やまとえ・絵巻物えまきもの
  • 浄土教じょうどきょうの広まり→平等院鳳凰堂びょうどういんほうおうどう・中尊寺金色堂ちゅうそんじこんじきどう・阿弥陀如来あみだにょらい像(定朝じょうちょう)

代表的な作品・建物

  • 延暦寺

    えんりゃくじ

    最澄さいちょうが比叡山ひえいざんに建てた天台宗てんだいしゅうの中心となる寺です。多くの僧そうがここで学び、鎌倉時代かまくらじだいに新しい仏教ぶっきょうを開いた法然ほうねん・親鸞しんらん・日蓮にちれんなども修行しゅぎょうしました。

    関係する人物: 最澄さいちょう

    • 最澄さいちょうが建てた天台宗てんだいしゅうの中心寺院じいん。場所は比叡山ひえいざん(滋賀県大津市)
    • 鎌倉新仏教かまくらしんぶっきょうの開祖かいそ(法然ほうねん・親鸞しんらん・栄西えいさい・道元どうげん・日蓮にちれん)が学んだ寺
    • 僧兵そうへいを持ち「山法師」として朝廷ちょうていに強訴した。1571年に織田信長おだのぶながが焼き討ち
    年表で見る読みもの: 天台宗と真言宗のちがい(最澄と空海)
  • 金剛峯寺

    こんごうぶじ

    空海くうかいが和歌山県の高野山こうやさんに開いた真言宗しんごんしゅうの中心となる寺です。人里はなれた山の中で修行しゅぎょうする密教みっきょうの道場で、空海くうかいの墓所もあります。

    関係する人物: 空海くうかい

    • 空海くうかいが高野山こうやさん(和歌山県)に開いた真言宗しんごんしゅうの中心寺院じいん
    • 延暦寺えんりゃくじ(最澄さいちょう・比叡山ひえいざん・滋賀県しがけん)とセットで、宗派しゅうは・人物・場所を組み合わせて問われる
    • 平安初期へいあんしょきの仏教ぶっきょうは山の中で修行しゅぎょうする(山岳仏教)という特徴
    年表で見る読みもの: 天台宗と真言宗のちがい(最澄と空海)
  • 古今和歌集

    こきんわかしゅう

    醍醐天皇だいごてんのうの命令めいれいで紀貫之きのつらゆきらがまとめた、日本で最初の勅撰和歌集ちょくせんわかしゅうです。かな文字で書かれた約1100首の和歌わかを収め、国風文化こくふうぶんかの始まりを告げる作品です。

    関係する人物: 紀貫之きのつらゆき

    • 905年、醍醐天皇だいごてんのうの命令めいれいで紀貫之きのつらゆきらが編集した最初の勅撰和歌集ちょくせんわかしゅう
    • 『万葉集まんようしゅう』(奈良なら・大伴家持おおとものやかもちら・万葉がな)との歌風のちがい:素朴で力強い vs 優美で技巧的
    • 『新古今和歌集しんこきんわかしゅう』(鎌倉かまくら・後鳥羽上皇ごとばじょうこうの命・藤原定家ふじわらのていから)と区別する
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  • 枕草子

    まくらのそうし

    清少納言せいしょうなごんが書いた日本で最初の随筆ずいひつです。「春はあけぼの」で始まり、四季の美しさや宮中での出来事を、するどい観察と明るい文章で自由に書いています。

    関係する人物: 清少納言せいしょうなごん

    • 作者は清少納言せいしょうなごん。「春はあけぼの」で始まる日本最初の随筆ずいひつ
    • 一条天皇いちじょうてんのうのきさき・定子ていしに仕えていたときの宮中の様子を書いた
    • 『源氏物語げんじものがたり』は物語、『枕草子まくらのそうし』は随筆ずいひつというジャンルのちがい
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  • 源氏物語

    げんじものがたり

    紫式部むらさきしきぶが書いた長編小説です。光源氏ひかるげんじを主人公に、貴族きぞくの恋や人生を細やかにえがいた54帖の物語で、世界でも最も古い長編小説の一つといわれます。

    関係する人物: 紫式部むらさきしきぶ・藤原道長ふじわらのみちなが

    • 作者は紫式部むらさきしきぶ。かな文字で書かれた長編物語(国風文化こくふうぶんか)
    • 主人公は光源氏ひかるげんじ。54帖の長編で世界最古級の長編小説
    • 『枕草子まくらのそうし』(清少納言せいしょうなごん・随筆ずいひつ)との区別。どちらも一条天皇いちじょうてんのうのきさきに仕えた女性の作品
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  • 平等院鳳凰堂

    びょうどういんほうおうどう

    藤原頼通ふじわらのよりみちが宇治うじに建てた阿弥陀堂あみだどうです。極楽浄土ごくらくじょうどをこの世に表そうとした建物で、中には仏師ぶっし・定朝じょうちょうの作った阿弥陀如来あみだにょらい像がまつられています。10円硬貨の絵柄です。

    関係する人物: 藤原頼通ふじわらのよりみち

    • 藤原頼通ふじわらのよりみちが1053年に宇治うじ(京都きょうと府)に建てた阿弥陀堂あみだどう。浄土教じょうどきょう(末法思想まっぽうしそう)と結びつく
    • 阿弥陀如来あみだにょらい像は仏師ぶっし・定朝じょうちょうの作。寄木造よせぎづくりの技法
    • 10円硬貨の絵柄、世界遺産「古都みやこ京都きょうとの文化財」の一つ
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  • 中尊寺金色堂

    ちゅうそんじこんじきどう

    奥州藤原氏おうしゅうふじわらしの藤原清衡ふじわらのきよひらが平泉ひらいずみに建てた阿弥陀堂あみだどうです。内も外も金箔でおおわれ、東北とうほく地方の金の豊かさと浄土教じょうどきょうの広がりを今に伝えています。

    • 奥州藤原氏おうしゅうふじわらし(藤原清衡ふじわらのきよひら)が平泉ひらいずみ(岩手県)に建てた阿弥陀堂あみだどう。1124年
    • 浄土教じょうどきょうが地方にも広まったことを示す。平等院鳳凰堂びょうどういんほうおうどうと比較される
    • 奥州藤原氏おうしゅうふじわらしは後三年合戦ごさんねんかっせんのあとに成立せいりつし、1189年に源頼朝みなもとのよりともにほろぼされた
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  • 厳島神社

    いつくしまじんじゃ

    平清盛たいらのきよもりが平氏へいしの守り神としてあつく信仰し、海の上に社殿を整えた神社じんじゃです。瀬戸内海せとないかいの航路こうろの安全を願い、平氏へいしの栄えを示す平家納経へいけのうきょうがおさめられました。

    関係する人物: 平清盛たいらのきよもり

    • 平清盛たいらのきよもりが整えた神社じんじゃ。広島県の宮島みやじまにあり、海の上に社殿が立つ
    • 平家納経へいけのうきょう(豪華な装飾経)がおさめられている
    • 日宋貿易にっそうぼうえき(瀬戸内海せとないかい航路こうろ)と結びつけて問われる
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  • 竹取物語

    たけとりものがたり

    竹から生まれたかぐや姫が、貴公子たちの求婚を退けて月へ帰る物語です。かな文字で書かれた日本で最も古い物語といわれ、作者はわかっていません。

    • かな文字で書かれた日本最古の物語。作者は不明
    • 『源氏物語げんじものがたり』に「物語の出で来はじめの祖」と書かれている
    • 国風文化こくふうぶんかの文学:物語(竹取・源氏げんじ)、随筆ずいひつ(枕草子まくらのそうし)、日記(土佐日記とさにっき)、和歌わか(古今和歌集こきんわかしゅう)のジャンル分け
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  • 土佐日記

    とさにっき

    紀貫之きのつらゆきが土佐とさから京都きょうとへ帰る55日間の旅を、女性のふりをしてかな文字で書いた日記です。かな文字による日記文学の始まりとなりました。

    関係する人物: 紀貫之きのつらゆき

    • 作者は紀貫之きのつらゆき。土佐とさ(高知県)から京都きょうとへの帰りの旅を書いた
    • 男性の貫之が女性のふりをしてかな文字で書いた=最初のかな日記
    • 当時の男性貴族は漢文かんぶんで日記を書いたという背景
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  • 寝殿造

    しんでんづくり

    平安時代へいあんじだいの貴族きぞくの屋敷の建て方です。中心の寝殿しんでんと左右の建物を渡り廊下でつなぎ、南に池のある庭をつくりました。国風文化こくふうぶんかを代表する建築様式です。

    • 平安時代へいあんじだいの貴族きぞくの屋敷。国風文化こくふうぶんか
    • 寝殿しんでんを中心に渡り廊下でつなぐ。南に池のある庭
    • 書院造しょいんづくり(室町時代むろまちじだい・銀閣ぎんかくの東求堂とうぐどう)との区別
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  • 大和絵と絵巻物

    やまとえとえまきもの

    日本の風景や人物を日本風にえがく大和絵やまとえが生まれ、物語を絵と文で巻物に表した絵巻物えまきものが作られました。『源氏物語げんじものがたり絵巻えまき』や『鳥獣戯画ちょうじゅうぎが』が有名です。

    • 大和絵やまとえは日本の風景・風俗を日本風にえがいた絵。遣唐使けんとうし停止ていし後の国風文化こくふうぶんかの一つ
    • 絵巻物えまきもの:『源氏物語げんじものがたり絵巻えまき』『鳥獣戯画ちょうじゅうぎが』『伴大納言絵巻ばんだいなごんえまき』『信貴山縁起絵巻しぎさんえんぎえまき』
    • 『鳥獣戯画ちょうじゅうぎが』は動物を擬人化した絵巻えまきで日本の漫画の原点ともいわれる
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最澄と空海のちがい

最澄さいちょう空海くうかい
宗派しゅうは天台宗てんだいしゅう真言宗しんごんしゅう
開いた寺比叡山ひえいざん延暦寺えんりゃくじ(滋賀県しがけん)高野山こうやさん金剛峯寺こんごうぶじ(和歌山県)
おくり名伝教大師でんぎょうだいし弘法大師こうぼうだいし
特徴のちに鎌倉仏教かまくらぶっきょうの開祖かいそを多く育てた書にすぐれ「弘法こうぼうにも筆の誤り」のことわざで知られる
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寝殿造と書院造

寝殿造しんでんづくり書院造しょいんづくり
時代平安へいあん(国風文化こくふうぶんか)室町むろまち(東山文化ひがしやまぶんか)
住む人貴族きぞく武士ぶし・僧そう
特徴渡り廊下・池のある庭畳・ふすま・床の間・障子
年表で「寝殿造」を見る

文化・宗教のできごと

  1. 806年最澄さいちょうが天台宗てんだいしゅうを開く唐とうから帰った最澄さいちょうが、比叡山ひえいざんに延暦寺えんりゃくじを建てて天台宗てんだいしゅうを開きました。
  2. 806年空海くうかいが真言宗しんごんしゅうを開く唐とうで密教みっきょうを学んで帰った空海くうかいが真言宗しんごんしゅうを開き、高野山こうやさんに金剛峯寺こんごうぶじを建てました。
  3. 1018年道長みちながが「望月もちづきの歌」をよむ藤原道長ふじわらのみちながは三人目の娘むすめを天皇てんのうのきさきにした祝いの席で「この世をば わが世とぞ思ふ 望月もちづきの…」とよみ、自分の栄華を満月にたとえました。
  4. 1052年末法まっぽうの世が始まるとされる1052年から仏ほとけの教えがおとろえる「末法まっぽう」の世に入ると信じられました。

文化をになった人物

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確認問題

答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。

  1. Q1最澄さいちょうが比叡山ひえいざんに建てた天台宗てんだいしゅうの中心となる寺です。多くの僧そうがここで学び、鎌倉時代かまくらじだいに新しい仏教ぶっきょうを開いた法然ほうねん・親鸞しんらん・日蓮にちれんなども修行しゅぎょうしました。この説明にあてはまる寺を何といいますか。

    延暦寺えんりゃくじ

    延暦寺えんりゃくじは、最澄さいちょうが788年に比叡山ひえいざん(滋賀県しがけんと京都きょうと府の境)に建てた小さな堂から始まりました。

  2. Q2唐とうから帰った○○が、比叡山ひえいざんに延暦寺えんりゃくじを建てて△△を開きました。山の中で厳しい修行しゅぎょうをする新しい仏教ぶっきょうが広まりました。この説明にあてはまるできごとは何でしょう。

    最澄さいちょうが天台宗てんだいしゅうを開く

    奈良時代ならじだいの仏教ぶっきょうは都みやこの大寺院じいんが政治に深く関わっていたため、桓武天皇かんむてんのうは新しい仏教ぶっきょうを求めました。

  3. Q3唐とうで密教みっきょうを学んで帰った○○が△△を開き、高野山こうやさんに金剛峯寺こんごうぶじを建てました。○○は弘法大師こうぼうだいしともよばれ、書や文化でも活やくしました。この説明にあてはまるできごとは何でしょう。

    空海くうかいが真言宗しんごんしゅうを開く

    空海くうかいは804年に最澄さいちょうと同じ遣唐使船団で唐とうへ渡り、長安ちょうあんで密教みっきょうを本格的に学んで806年に帰国きこくしました。

  4. Q4空海くうかいが和歌山県の高野山こうやさんに開いた真言宗しんごんしゅうの中心となる寺です。人里はなれた山の中で修行しゅぎょうする密教みっきょうの道場で、空海くうかいの墓所もあります。この説明にあてはまる寺を何といいますか。

    金剛峯寺こんごうぶじ

    816年、空海くうかいは嵯峨天皇から高野山こうやさんを与えられ、山の上に密教みっきょうの修行しゅぎょうの場として金剛峯寺こんごうぶじを開きました。

  5. Q5遣唐使けんとうしの停止ていし後、日本の風土や生活に合った文化が生まれました。かな文字・寝殿造しんでんづくり・大和絵やまとえ・十二単じゅうにひとえなどが特徴で、『源氏物語げんじものがたり』や『枕草子まくらのそうし』が書かれました。この説明にあてはまる文化を何といいますか。

    国風文化こくふうぶんか

    894年に遣唐使けんとうしが停止ていしされると、中国文化の影響がうすれ、それまでに取り入れた文化を日本の風土や貴族きぞくの生活に合わせて作りかえた国風文化こくふうぶんかが生まれました。

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年代と内容は、教科書・塾教材の記述にそろえた学習用のものです。異説がある年は、年表アプリの項目の中に記しています。まちがいを見つけたらお問い合わせから教えてください。