平安時代の文化(平安初期の仏教(密教)・国風文化)
平安時代の文化は、平安初期の仏教(密教)・国風文化です。最澄の天台宗と空海の真言宗が開かれ、山の中で修行し祈とうで願いをかなえる密教が貴族に広まった時期です。遣唐使の停止後、日本の風土や生活に合った文化が生まれました。
平安時代の文化の特色
平安初期の仏教(密教)
最澄の天台宗と空海の真言宗が開かれ、山の中で修行し祈とうで願いをかなえる密教が貴族に広まった時期です。奈良の仏教とはちがう新しい仏教でした。
桓武天皇は奈良の大寺院が政治に関わることをきらい、新しい仏教を求めました。804年の遣唐使で唐へ渡った最澄と空海は、それぞれ天台宗と真言宗を開き、比叡山と高野山という都から離れた山の中に寺を建てて修行しました。特に真言宗の密教は、加持祈とうによって病気を治したり願いをかなえたりするとされ、貴族の間に広く受け入れられました。この時期は唐の文化の影響が強く、漢詩文がさかんで、空海らの三筆が活やくしました。彫刻では一木造の仏像、絵画では曼荼羅が作られました。この時期の文化は弘仁・貞観文化とよばれ、遣唐使停止後の国風文化とは区別されます。
- 天台宗(最澄・比叡山延暦寺)と真言宗(空海・高野山金剛峯寺)の対比
- 奈良の仏教(国を守る・都の大寺院)と平安初期の仏教(山で修行・密教)のちがい
- 平安初期=密教(弘仁・貞観文化)→平安中期=浄土教(国風文化)という仏教の変化
- 唐の影響が強い時期で、三筆(空海・嵯峨天皇・橘逸勢)や漢詩文がさかん
国風文化
遣唐使の停止後、日本の風土や生活に合った文化が生まれました。かな文字・寝殿造・大和絵・十二単などが特徴で、『源氏物語』や『枕草子』が書かれました。
894年に遣唐使が停止されると、中国文化の影響がうすれ、それまでに取り入れた文化を日本の風土や貴族の生活に合わせて作りかえた国風文化が生まれました。漢字をくずしたひらがなや、漢字の一部からできたカタカナが使われるようになり、紀貫之の『古今和歌集』、紫式部の『源氏物語』、清少納言の『枕草子』など、特に女性による文学が栄えました。貴族は寝殿造の屋敷に住み、男性は束帯、女性は十二単を着ました。絵画では日本の風景をえがく大和絵が発達しました。また末法思想の広まりとともに浄土教が流行し、藤原頼通の平等院鳳凰堂が建てられました。
- 因果:遣唐使停止(894年)→中国文化の影響がうすれる→日本風の国風文化
- かな文字の発達→女性の文学(源氏物語・枕草子)。和歌(古今和歌集)・日記(土佐日記)
- 貴族の生活:寝殿造・束帯・十二単・年中行事。絵画は大和絵・絵巻物
- 浄土教の広まり→平等院鳳凰堂・中尊寺金色堂・阿弥陀如来像(定朝)
代表的な作品・建物

延暦寺
えんりゃくじ
最澄が比叡山に建てた天台宗の中心となる寺です。多くの僧がここで学び、鎌倉時代に新しい仏教を開いた法然・親鸞・日蓮なども修行しました。
関係する人物: 最澄
- 最澄が建てた天台宗の中心寺院。場所は比叡山(滋賀県大津市)
- 鎌倉新仏教の開祖(法然・親鸞・栄西・道元・日蓮)が学んだ寺
- 僧兵を持ち「山法師」として朝廷に強訴した。1571年に織田信長が焼き討ち

金剛峯寺
こんごうぶじ
空海が和歌山県の高野山に開いた真言宗の中心となる寺です。人里はなれた山の中で修行する密教の道場で、空海の墓所もあります。
関係する人物: 空海
- 空海が高野山(和歌山県)に開いた真言宗の中心寺院
- 延暦寺(最澄・比叡山・滋賀県)とセットで、宗派・人物・場所を組み合わせて問われる
- 平安初期の仏教は山の中で修行する(山岳仏教)という特徴

古今和歌集
こきんわかしゅう
醍醐天皇の命令で紀貫之らがまとめた、日本で最初の勅撰和歌集です。かな文字で書かれた約1100首の和歌を収め、国風文化の始まりを告げる作品です。
関係する人物: 紀貫之
- 905年、醍醐天皇の命令で紀貫之らが編集した最初の勅撰和歌集
- 『万葉集』(奈良・大伴家持ら・万葉がな)との歌風のちがい:素朴で力強い vs 優美で技巧的
- 『新古今和歌集』(鎌倉・後鳥羽上皇の命・藤原定家ら)と区別する

枕草子
まくらのそうし
清少納言が書いた日本で最初の随筆です。「春はあけぼの」で始まり、四季の美しさや宮中での出来事を、するどい観察と明るい文章で自由に書いています。
関係する人物: 清少納言
- 作者は清少納言。「春はあけぼの」で始まる日本最初の随筆
- 一条天皇のきさき・定子に仕えていたときの宮中の様子を書いた
- 『源氏物語』は物語、『枕草子』は随筆というジャンルのちがい

源氏物語
げんじものがたり
紫式部が書いた長編小説です。光源氏を主人公に、貴族の恋や人生を細やかにえがいた54帖の物語で、世界でも最も古い長編小説の一つといわれます。
関係する人物: 紫式部・藤原道長
- 作者は紫式部。かな文字で書かれた長編物語(国風文化)
- 主人公は光源氏。54帖の長編で世界最古級の長編小説
- 『枕草子』(清少納言・随筆)との区別。どちらも一条天皇のきさきに仕えた女性の作品

平等院鳳凰堂
びょうどういんほうおうどう
藤原頼通が宇治に建てた阿弥陀堂です。極楽浄土をこの世に表そうとした建物で、中には仏師・定朝の作った阿弥陀如来像がまつられています。10円硬貨の絵柄です。
関係する人物: 藤原頼通
- 藤原頼通が1053年に宇治(京都府)に建てた阿弥陀堂。浄土教(末法思想)と結びつく
- 阿弥陀如来像は仏師・定朝の作。寄木造の技法
- 10円硬貨の絵柄、世界遺産「古都京都の文化財」の一つ

中尊寺金色堂
ちゅうそんじこんじきどう
奥州藤原氏の藤原清衡が平泉に建てた阿弥陀堂です。内も外も金箔でおおわれ、東北地方の金の豊かさと浄土教の広がりを今に伝えています。
- 奥州藤原氏(藤原清衡)が平泉(岩手県)に建てた阿弥陀堂。1124年
- 浄土教が地方にも広まったことを示す。平等院鳳凰堂と比較される
- 奥州藤原氏は後三年合戦のあとに成立し、1189年に源頼朝にほろぼされた

厳島神社
いつくしまじんじゃ
平清盛が平氏の守り神としてあつく信仰し、海の上に社殿を整えた神社です。瀬戸内海の航路の安全を願い、平氏の栄えを示す平家納経がおさめられました。
関係する人物: 平清盛
- 平清盛が整えた神社。広島県の宮島にあり、海の上に社殿が立つ
- 平家納経(豪華な装飾経)がおさめられている
- 日宋貿易(瀬戸内海航路)と結びつけて問われる

竹取物語
たけとりものがたり
竹から生まれたかぐや姫が、貴公子たちの求婚を退けて月へ帰る物語です。かな文字で書かれた日本で最も古い物語といわれ、作者はわかっていません。
- かな文字で書かれた日本最古の物語。作者は不明
- 『源氏物語』に「物語の出で来はじめの祖」と書かれている
- 国風文化の文学:物語(竹取・源氏)、随筆(枕草子)、日記(土佐日記)、和歌(古今和歌集)のジャンル分け

土佐日記
とさにっき
紀貫之が土佐から京都へ帰る55日間の旅を、女性のふりをしてかな文字で書いた日記です。かな文字による日記文学の始まりとなりました。
関係する人物: 紀貫之
- 作者は紀貫之。土佐(高知県)から京都への帰りの旅を書いた
- 男性の貫之が女性のふりをしてかな文字で書いた=最初のかな日記
- 当時の男性貴族は漢文で日記を書いたという背景

寝殿造
しんでんづくり
平安時代の貴族の屋敷の建て方です。中心の寝殿と左右の建物を渡り廊下でつなぎ、南に池のある庭をつくりました。国風文化を代表する建築様式です。
- 平安時代の貴族の屋敷。国風文化
- 寝殿を中心に渡り廊下でつなぐ。南に池のある庭
- 書院造(室町時代・銀閣の東求堂)との区別

大和絵と絵巻物
やまとえとえまきもの
日本の風景や人物を日本風にえがく大和絵が生まれ、物語を絵と文で巻物に表した絵巻物が作られました。『源氏物語絵巻』や『鳥獣戯画』が有名です。
- 大和絵は日本の風景・風俗を日本風にえがいた絵。遣唐使停止後の国風文化の一つ
- 絵巻物:『源氏物語絵巻』『鳥獣戯画』『伴大納言絵巻』『信貴山縁起絵巻』
- 『鳥獣戯画』は動物を擬人化した絵巻で日本の漫画の原点ともいわれる
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最澄と空海のちがい
| 最澄 | 空海 | |
|---|---|---|
| 宗派 | 天台宗 | 真言宗 |
| 開いた寺 | 比叡山延暦寺(滋賀県) | 高野山金剛峯寺(和歌山県) |
| おくり名 | 伝教大師 | 弘法大師 |
| 特徴 | のちに鎌倉仏教の開祖を多く育てた | 書にすぐれ「弘法にも筆の誤り」のことわざで知られる |
寝殿造と書院造
| 寝殿造 | 書院造 | |
|---|---|---|
| 時代 | 平安(国風文化) | 室町(東山文化) |
| 住む人 | 貴族 | 武士・僧 |
| 特徴 | 渡り廊下・池のある庭 | 畳・ふすま・床の間・障子 |
文化・宗教のできごと
- 806年最澄が天台宗を開く唐から帰った最澄が、比叡山に延暦寺を建てて天台宗を開きました。
- 806年空海が真言宗を開く唐で密教を学んで帰った空海が真言宗を開き、高野山に金剛峯寺を建てました。
- 1018年道長が「望月の歌」をよむ藤原道長は三人目の娘を天皇のきさきにした祝いの席で「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の…」とよみ、自分の栄華を満月にたとえました。
- 1052年末法の世が始まるとされる1052年から仏の教えがおとろえる「末法」の世に入ると信じられました。
文化をになった人物
最澄唐で学んで帰国し、比叡山に延暦寺を建てて天台宗を開いた僧です。
空海唐で密教を学び、帰国して真言宗を開いた僧です。
清少納言随筆『枕草子』を書いた女性の作家です。
紫式部長編小説『源氏物語』を書いた女性の作家です。
紀貫之醍醐天皇の命令で『古今和歌集』をまとめた歌人です。
確認問題
答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。
Q1最澄が比叡山に建てた天台宗の中心となる寺です。多くの僧がここで学び、鎌倉時代に新しい仏教を開いた法然・親鸞・日蓮なども修行しました。この説明にあてはまる寺を何といいますか。
延暦寺
延暦寺は、最澄が788年に比叡山(滋賀県と京都府の境)に建てた小さな堂から始まりました。
Q2唐から帰った○○が、比叡山に延暦寺を建てて△△を開きました。山の中で厳しい修行をする新しい仏教が広まりました。この説明にあてはまるできごとは何でしょう。
最澄が天台宗を開く
奈良時代の仏教は都の大寺院が政治に深く関わっていたため、桓武天皇は新しい仏教を求めました。
Q3唐で密教を学んで帰った○○が△△を開き、高野山に金剛峯寺を建てました。○○は弘法大師ともよばれ、書や文化でも活やくしました。この説明にあてはまるできごとは何でしょう。
空海が真言宗を開く
空海は804年に最澄と同じ遣唐使船団で唐へ渡り、長安で密教を本格的に学んで806年に帰国しました。
Q4空海が和歌山県の高野山に開いた真言宗の中心となる寺です。人里はなれた山の中で修行する密教の道場で、空海の墓所もあります。この説明にあてはまる寺を何といいますか。
金剛峯寺
816年、空海は嵯峨天皇から高野山を与えられ、山の上に密教の修行の場として金剛峯寺を開きました。
Q5遣唐使の停止後、日本の風土や生活に合った文化が生まれました。かな文字・寝殿造・大和絵・十二単などが特徴で、『源氏物語』や『枕草子』が書かれました。この説明にあてはまる文化を何といいますか。
国風文化
894年に遣唐使が停止されると、中国文化の影響がうすれ、それまでに取り入れた文化を日本の風土や貴族の生活に合わせて作りかえた国風文化が生まれました。
前後の時代の文化
平安時代の読みもの
つぎのステップ
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