弥生時代の年表とできごと

弥生時代を表すイラスト

弥生時代は紀元前300年ごろから250年ごろまでの約550年間で、稲作が広まり、むらがくにへとまとまっていった時代です。大陸から米づくりが伝わって広まり、むらがまとまって小さなくにができました。3世紀には、邪馬台国の女王卑弥呼が魏に使いを送りました。

2026/09/19 更新・ふりがなつき

いつから
紀元きげん前300年ごろ
いつまで
250年ごろ
長さ
約550年間
前の時代
縄文時代じょうもんじだい
次の時代
古墳時代こふんじだい
キーワード
米づくり・弥生土器やよいどき・高床倉庫たかゆかそうこ・金印きんいん・卑弥呼ひみこ

この時代でおさえること

  • 稲作いなさく・弥生土器やよいどき・高床倉庫たかゆかそうこ
  • 登呂遺跡とろいせき・吉野ヶ里遺跡よしのがりいせき
  • 金印きんいん(57)
  • 卑弥呼ひみこ・邪馬台国やまたいこく(239)

弥生時代のくらしとしくみ

弥生時代のくらし

大陸たいりくから伝わった米づくりが広まり、人々は水田すいでんのそばにむらをつくって定住ていじゅうしました。弥生土器やよいどきや高床倉庫たかゆかそうこ、金属器が使われ、身分や貧富の差が生まれました。

米づくりは九州北部から西日本、東日本へと広がりました。収穫した米は高床倉庫たかゆかそうこにたくわえ、石包丁いしぼうちょうで穂をつみ取りました。うすくて赤っぽい弥生土器やよいどきのほか、青銅器せいどうき(銅鐸どうたく・銅剣どうけん・銅鏡どうきょう)や鉄器てっきも伝わりました。たくわえができると、持つ者と持たない者の差が生まれ、土地や水をめぐる争いが起きて、まわりを堀や柵で囲んだ環濠集落かんごうしゅうらくがつくられました。むらをまとめる指導者が現れ、やがて小さな「くに」ができていきます。

  • 米づくり(稲作いなさく)が広まり定住ていじゅう・むらができる
  • 弥生土器やよいどき・高床倉庫たかゆかそうこ・石包丁いしぼうちょう・青銅器せいどうき・鉄器てっき
  • 貧富や身分の差が生まれ、争いが起こり「くに」ができる

むらからくにへ(争いと小さな国)

米のたくわえをめぐって貧富の差が生まれ、むら同士が土地や水を取り合って争うようになりました。強いむらが弱いむらをしたがえ、各地に小さな「くに」ができました。

  • たくわえ→貧富の差→争い→小さな国、という順
  • 1世紀せいきごろ日本には100あまりの国があった(中国の歴史書『漢書かんじょ』)
  • 環濠集落かんごうしゅうらく(吉野ヶ里)が争いの証拠

邪馬台国

3世紀せいきごろ、30ほどの国をまとめていたとされる国です。女王の卑弥呼ひみこがまじないによって国を治めました。場所は九州きゅうしゅう説と近畿説があり、まだわかっていません。

中国の歴史書『魏志ぎし』倭人伝わじんでんには、倭わでは争いが続いたため、諸国が共同で卑弥呼ひみこを女王に立てたところ国がまとまった、と書かれています。卑弥呼ひみこは神のお告げを伝えるまじないで政治を行い、弟が実際の政治を助けました。邪馬台国やまたいこくの場所は、九州きゅうしゅうにあったとする説と、大和やまと(奈良なら県)にあったとする説が今も対立しています。

  • 3世紀せいき。女王卑弥呼がまじないで治めた
  • 記録は中国の『魏志ぎし』倭人伝わじんでん
  • 場所は九州きゅうしゅう説と近畿(大和やまと)説

弥生時代の年表

中学受験でよく出るできごとを、年の順にならべました。できごとの名前をタップすると、年表アプリで前後の流れを見られます。

  1. 前300年ごろ米づくりが伝わり広まる大陸たいりくや朝鮮半島から米づくりが伝わり、九州北部から東へ広まりました。
  2. 前300年ごろ板付遺跡いたづけいせき(福岡県)福岡県にある、日本で最も古い時期の水田すいでんのあとが見つかった遺跡いせきです。
  3. 前200年ごろ弥生土器やよいどきと高床倉庫たかゆかそうこうすくてかたく、赤っぽい色の弥生土器やよいどきがつくられました。
  4. 前100年ごろ青銅器せいどうき(銅鐸どうたく・銅剣どうけん・銅鏡どうきょう)と鉄器てっき大陸たいりくから金属器が伝わりました。
  5. 前50年ごろ倭わが100余りの国に分かれていた(『漢書かんじょ』地理志ちりし)中国の歴史書『漢書かんじょ』地理志ちりしに、紀元きげん前1世紀せいきごろの倭わ(日本)は100あまりの国に分かれ、楽浪郡らくろうぐんに使いを送っていたと書かれています。
  6. 57年奴国なこくの王が漢かんに使いを送り金印きんいんを受ける九州北部にあった奴国なこくの王が中国の漢かん(後漢ごかん)に使いを送り、皇帝こうていから金印きんいんを授けられました。
  7. 100年ごろ登呂遺跡とろいせき(静岡県)静岡県にある弥生時代やよいじだいのむらのあとです。
  8. 100年ごろ吉野ヶ里遺跡よしのがりいせき(佐賀県)佐賀県にある弥生時代やよいじだいの大きなむらのあとです。
  9. 239年卑弥呼ひみこが魏ぎに使いを送る邪馬台国やまたいこくの女王卑弥呼が中国の魏ぎに使いを送り、皇帝こうていから「親魏倭王しんぎわおう」の称号と金印きんいん、たくさんの銅鏡どうきょうを授けられました。

おもな人物

まぎらわしい用語

年号の語呂合わせ

  • 57年こんな(57)に豪華 漢かんの金印きんいん
  • 239年文(23)く(9)ださいね 卑弥呼ひみこより

確認問題

答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。

  1. Q1佐賀県にある弥生時代やよいじだいの大きなむらのあとです。まわりを深い堀や柵で囲んだ環濠集落かんごうしゅうらくで、物見やぐらのあともあり、争いがあったことがわかります。この説明にあてはまる遺跡いせきを何といいますか。

    吉野ヶ里遺跡よしのがりいせき

    吉野ヶ里遺跡よしのがりいせき(佐賀県)(100年ごろ)。二重の堀に囲まれた広い集落で、物見やぐらや、矢じりが刺さった人骨、首のない人骨も見つかっており、むら同士の争いがあったことを示しています。

  2. Q2福岡県にある、日本で最も古い時期の水田すいでんのあとが見つかった遺跡いせきです。米づくりが九州北部から始まったことを示しています。この説明にあてはまる遺跡いせきを何といいますか。

    板付遺跡いたづけいせき

    板付遺跡いたづけいせき(福岡県)(前300年ごろ)。覚え方: 板付(福岡)=最古級の水田すいでん。米づくりは九州北部から

  3. Q3静岡県にある弥生時代やよいじだいのむらのあとです。水田すいでんのあとや竪穴住居たてあなじゅうきょ、高床倉庫たかゆかそうこがまとまって見つかり、米づくりのくらしの様子がよくわかります。この説明にあてはまる遺跡いせきを何といいますか。

    登呂遺跡とろいせき

    登呂遺跡とろいせき(静岡県)(100年ごろ)。覚え方: 登呂=静岡=水田すいでんと高床倉庫たかゆかそうこ。「登」って「呂」(ろ)=田んぼ

  4. Q4奴国なこくの王が漢かんに使いを送り金印きんいんを受けたのは何年でしょう。

    57年

    奴国なこくの王が漢かんに使いを送り金印きんいんを受ける(57年)。九州北部にあった奴国なこくの王が中国の漢かん(後漢ごかん)に使いを送り、皇帝こうていから金印きんいんを授けられました。ごろ合わせ: こんな(57)に豪華 漢かんの金印きんいん

  5. Q5卑弥呼ひみこが魏ぎに使いを送ったのは何年でしょう。

    239年

    卑弥呼ひみこが魏ぎに使いを送る(239年)。邪馬台国やまたいこくの女王卑弥呼が中国の魏ぎに使いを送り、皇帝こうていから「親魏倭王しんぎわおう」の称号と金印きんいん、たくさんの銅鏡どうきょうを授けられました。ごろ合わせ: 文(23)く(9)ださいね 卑弥呼ひみこより

原始(旧石器〜古墳時代)の一問一答でもっと解く

つぎのステップ

年代と内容は、教科書・塾教材の記述にそろえた学習用のものです。異説がある年は、年表アプリの項目の中に記しています。まちがいを見つけたらお問い合わせから教えてください。