読みもの
まぎらわしい用語のちがいなどを、表と図と短い文でまとめた読みものです。タグで時代や分野をしぼりこめます。読んだあとは、年表アプリで前後の流れを見たり、歴史テストで確かめたりできます。
江戸の三大改革のちがい(享保・寛政・天保)江戸の三大改革は、苦しくなった幕府の財政を立て直そうとした3つの改革です。1716年からの享保の改革は8代将軍徳川吉宗、1787年からの寛政の改革は老中松平定信、1841年からの天保の改革は老中水野忠邦が行いました。将軍が自分で行ったのは享保の改革だけで、あとの2つは老中が中心です。2026/10/11
日米和親条約と日米修好通商条約のちがい日米和親条約は、1854年に江戸幕府がアメリカのペリーと結んだ条約で、下田と函館の2港を開き、貿易は認めませんでしたが鎖国が終わりました。日米修好通商条約は、1858年に大老の井伊直弼が朝廷の許しを得ないままアメリカのハリスと結んだ条約で、函館・神奈川・長崎・新潟・兵庫の5港を開いて貿易を始めることを決めました。修好通商条約は、領事裁判権を認め、関税自主権がない不平等条約でした。2026/10/11
太閤検地と刀狩のちがい太閤検地は、豊臣秀吉が1582年に始めた田畑の調査で、とれる米の量を石高で表し、耕作する百姓に年貢を納めさせました。刀狩令は、秀吉が1588年に出した法令で、百姓から刀や鉄砲などの武器を取り上げました。2つの政策で武士と百姓の身分が分けられ、兵農分離が進みました。2026/10/11
鎌倉新仏教6宗のちがい(浄土宗と浄土真宗・臨済宗と曹洞宗)浄土宗は法然が開き、念仏を唱えればだれでも救われると説きました。浄土真宗は法然の弟子の親鸞が開き、阿弥陀仏を信じる心があれば救われると説きました。臨済宗は栄西が伝えた座禅と公案(問答)の宗派、曹洞宗は道元が伝えたひたすら座禅をする宗派で、時宗(一遍)・日蓮宗(日蓮)とあわせて鎌倉新仏教の6宗とよばれます。2026/10/11
元禄文化と化政文化のちがい元禄文化は、5代将軍徳川綱吉のころに、上方(京都・大阪)の町人を中心に栄えた文化で、井原西鶴・松尾芭蕉・近松門左衛門らが活やくしました。化政文化は、11代将軍徳川家斉のころに、江戸の町人を中心に栄えた文化で、葛飾北斎・歌川広重の多色刷りの浮世絵や、十返舎一九・滝沢馬琴の小説、小林一茶の俳諧が人気を集めました。2026/10/11
天台宗と真言宗のちがい(最澄と空海)天台宗は最澄が開いた宗派で、比叡山延暦寺(滋賀県)が中心です。真言宗は空海が開いた宗派で、高野山金剛峯寺(和歌山県)が中心です。どちらも平安時代の初め、唐で学んで帰った僧が開き、都からはなれた山の中で修行する新しい仏教でした。2026/09/20
能と狂言のちがい能は、面をつけた役者が、うたいと舞で歴史や伝説の物語を演じるまじめな劇で、観阿弥・世阿弥の親子が大成しました。狂言は、能の合間に演じられる、せりふ中心のこっけいな劇です。どちらも室町時代に猿楽から生まれ、あわせて能楽とよびます。2026/09/20
古事記と日本書紀のちがい古事記は712年に太安万侶がまとめた、神話や物語が中心の日本で最も古い歴史書です。日本書紀は720年に舎人親王が中心となって漢文で年代順に書いた、国の正式な歴史書です。2つをあわせて「記紀」とよびます。2026/09/20
縄文時代と弥生時代のちがい縄文時代は、狩りや漁、木の実の採集でくらし、縄文土器と竪穴住居を使った時代です。弥生時代は、大陸から伝わった米づくりが広まり、弥生土器や高床倉庫、金属器が使われた時代です。米をたくわえるようになったことで、弥生時代には身分や貧富の差が生まれました。2026/09/20
土偶と埴輪のちがい土偶は縄文時代に、まじないやいのりのためにつくられた土の人形で、女性の形が多く見られます。埴輪は古墳時代に、古墳のまわりに並べられた焼き物で、人・馬・家・円筒などの形があります。つくられた時代がちがい、あいだに弥生時代がはさまります。2026/09/20
守護と地頭のちがい守護は国ごとに1人置かれ、軍事・警察と御家人の統率を受け持ちました。地頭は荘園や公領ごとに置かれ、年貢の取り立てと土地の管理を受け持ちました。どちらも1185年に源頼朝が朝廷に認めさせ、御家人が任命されました。2026/09/14
摂政と関白のちがい摂政は、天皇が幼いときや女性のときに、天皇の代わりに政治を行う役職です。関白は、成人した天皇を助けて政治を行う役職です。皇族以外で初めて摂政になったのは藤原良房(866年)、初めて関白になったのは藤原基経(887年)で、ここから藤原氏の摂関政治が始まりました。2026/09/14
金閣と銀閣のちがい金閣は、3代将軍足利義満が京都の北山に建てた3階建ての建物で、2階と3階が金ぱくでおおわれた華やかな北山文化の代表です。銀閣は、8代将軍足利義政が京都の東山に建てた2階建ての建物で、銀ぱくは貼られておらず、簡素な東山文化の代表です。2026/09/14
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