天台宗と真言宗のちがい(最澄と空海)

ちがい平安時代文化・くらし

天台宗と真言宗のちがい(最澄と空海)の要点をまとめたイラスト

天台宗は最澄が開いた宗派で、比叡山延暦寺(滋賀県)が中心です。真言宗は空海が開いた宗派で、高野山金剛峯寺(和歌山県)が中心です。どちらも平安時代の初め、唐で学んで帰った僧が開き、都からはなれた山の中で修行する新しい仏教でした。

2026/09/20 公開・ふりがなつき

表でくらべる

最澄さいちょう空海くうかい
宗派しゅうは天台宗てんだいしゅう真言宗しんごんしゅう
開いた寺比叡山ひえいざん延暦寺えんりゃくじ(滋賀県しがけん)高野山こうやさん金剛峯寺こんごうぶじ(和歌山県)
おくり名伝教大師でんぎょうだいし弘法大師こうぼうだいし
特徴のちに鎌倉仏教かまくらぶっきょうの開祖かいそを多く育てた書にすぐれ「弘法こうぼうにも筆の誤り」のことわざで知られる
年表で「最澄が天台宗を開く」を見る

入試では、「人物・宗派しゅうは・寺・場所」の4つを正しく組み合わせられるかが問われます。最澄さいちょう=天台宗てんだいしゅう=比叡山ひえいざん延暦寺えんりゃくじ=滋賀県しがけん、空海くうかい=真言宗しんごんしゅう=高野山こうやさん金剛峯寺こんごうぶじ=和歌山県、と横にそろえて覚えましょう。

2つの宗派が開かれた流れ

  1. 794年平安京へいあんきょうに都みやこを移す
  2. 806年最澄さいちょうが天台宗てんだいしゅうを開く
  3. 806年空海くうかいが真言宗しんごんしゅうを開く
  4. 816年金剛峯寺こんごうぶじ

奈良時代ならじだいの仏教ぶっきょうは、都みやこの大寺院じいんが政治に深く関わっていました。794年に平安京へいあんきょうに都みやこを移した桓武天皇は、奈良ならの大寺院じいんが政治に関わることをきらい、新しい仏教ぶっきょうを求めました。

最澄さいちょうと空海くうかいは、どちらも804年の遣唐使けんとうしとともに唐とうへわたり、新しい仏教ぶっきょうを学んで帰国きこくしました。そして806年に、最澄さいちょうが天台宗てんだいしゅうを、空海くうかいが真言宗しんごんしゅうを開きました。

年号の語呂合わせ806年

晴れろ(806)、比叡の空に最澄さいちょうの天台宗てんだいしゅう。同じ年に空海くうかいが真言宗しんごんしゅう

天台宗(最澄・比叡山延暦寺)

最澄は近江おうみ(滋賀県しがけん)に生まれ、若いころから比叡山ひえいざんで修行しゅぎょうしました。唐とうで天台の教えを学んで帰国きこくし、比叡山ひえいざん延暦寺えんりゃくじを拠点に天台宗てんだいしゅうを開きました。死後、伝教大師でんぎょうだいしのおくり名が与えられました。

延暦寺は仏教ぶっきょうを学ぶ中心の場となり、鎌倉時代かまくらじだいに新しい仏教ぶっきょうを開いた法然ほうねん・親鸞しんらん・栄西えいさい・道元どうげん・日蓮にちれんは、みな延暦寺えんりゃくじで学びました。一方で延暦寺えんりゃくじは多くの僧兵そうへいをかかえて大きな力をもち、戦国時代せんごくじだいの1571年には織田信長おだのぶながに焼き討ちされました。

真言宗(空海・高野山金剛峯寺)

空海は讃岐(香川県)に生まれ、唐とうの長安ちょうあんで密教みっきょうを学んで帰国きこくし、真言宗しんごんしゅうを開きました。816年に嵯峨天皇から高野山こうやさんを与えられて金剛峯寺を建て、京都きょうとの東寺とうじ(教王護国寺きょうおうごこくじ)も任されました。死後、弘法大師こうぼうだいしのおくり名が与えられました。

空海くうかいは書の名人としても知られ、嵯峨天皇・橘逸勢とともに三筆とよばれます。「弘法こうぼうにも筆の誤り」ということわざの弘法こうぼうは、空海くうかいのことです。庶民しょみんのための学校である綜芸種智院しゅげいしゅちいんを開いたことでも知られます。

覚え方

空海くうかいは「こう」だらけ:弘法大師こうぼうだいし・高野山こうやさん・金剛峯寺こんごうぶじ・教王護国寺きょうおうごこくじ

奈良の仏教とのちがい・その後の仏教

天台宗てんだいしゅうと真言宗しんごんしゅうは、それまでの奈良ならの仏教ぶっきょうとは性格がちがいます。また、平安時代へいあんじだいの中ごろからは、別の新しい教えが広まります。仏教ぶっきょうの流れとして整理しておきましょう。

仏教ぶっきょうの移り変わり

  1. 奈良時代ならじだい国を守るための仏教ぶっきょう。都みやこの大寺院じいんが中心(東大寺とうだいじの大仏だいぶつ・国分寺こくぶんじ)
  2. 平安時代へいあんじだいの初め山の中で修行しゅぎょうする仏教ぶっきょう(密教みっきょう)。天台宗てんだいしゅうと真言宗しんごんしゅう。祈とうで願いをかなえるとされ、貴族きぞくに広まる
  3. 平安時代へいあんじだいの中ごろ念仏ねんぶつを唱えて極楽浄土ごくらくじょうどに生まれ変わることを願う浄土教じょうどきょう(平等院鳳凰堂びょうどういんほうおうどう)
  4. 鎌倉時代かまくらじだい延暦寺えんりゃくじで学んだ僧たちが、わかりやすい新しい仏教ぶっきょうを開く(鎌倉新仏教かまくらしんぶっきょう)

最澄さいちょうと空海くうかいの仏教ぶっきょうが広まった時期の流れは、平安初期の仏教(密教)の項目にまとめています。鎌倉時代かまくらじだいの新しい仏教ぶっきょうは鎌倉新仏教で確かめられます。

入試のポイント

  • 最澄さいちょう=天台宗てんだいしゅう=比叡山ひえいざん延暦寺えんりゃくじ(滋賀県しがけん)、空海くうかい=真言宗しんごんしゅう=高野山こうやさん金剛峯寺こんごうぶじ(和歌山県)の組み合わせ
  • 二人とも804年の遣唐使けんとうしとともに唐とうへ渡って新しい仏教ぶっきょうを学んだ
  • 奈良ならの仏教ぶっきょうとちがい、都みやこから離れた山の中で修行しゅぎょうする仏教ぶっきょう(密教みっきょう)だった
  • 延暦寺えんりゃくじは鎌倉新仏教かまくらしんぶっきょうの開祖かいそ(法然ほうねん・親鸞しんらん・日蓮にちれんなど)が学んだ場所としても出題される
  • 空海くうかい=真言宗しんごんしゅう=高野山こうやさん金剛峯寺こんごうぶじ(和歌山県)。京都きょうとの東寺とうじも空海くうかいの寺
  • 弘法大師こうぼうだいしは空海くうかいのおくり名。「弘法こうぼうにも筆の誤り」の弘法こうぼうは空海くうかい
  • 最澄さいちょう・空海くうかいの仏教ぶっきょうは加持祈とうで現世の願いをかなえる密教みっきょうで、貴族きぞくに広まった
  • 綜芸種智院しゅげいしゅちいん(庶民しょみんの学校)や満濃池まんのういけの修築しゅうちくも空海くうかいに関係する

よくあるまちがい

人物と宗派・寺の組み合わせを取りちがえる

最澄さいちょうが天台宗てんだいしゅうで比叡山ひえいざん延暦寺えんりゃくじ、空海くうかいが真言宗しんごんしゅうで高野山こうやさん金剛峯寺こんごうぶじです。最澄さいちょうの項目にある覚え方「さ・て(最澄さいちょう=天台)、く・し(空海くうかい=真言)」のように、頭文字でつなぐ方法もあります。

比叡山と高野山の場所を逆に覚える

比叡山ひえいざんは滋賀県しがけん(京都きょうと府との境)、高野山こうやさんは和歌山県です。比叡山ひえいざんは琵琶湖のそば、と覚えると場所を思い出しやすくなります。

伝教大師と弘法大師を取りちがえる

伝教大師でんぎょうだいしが最澄さいちょう、弘法大師こうぼうだいしが空海くうかいです。「弘法こうぼうにも筆の誤り」の弘法こうぼうは、書の名人だった空海くうかいです。

鎌倉新仏教の開祖が学んだ寺を金剛峯寺と答える

法然ほうねん・親鸞しんらん・栄西えいさい・道元どうげん・日蓮にちれんが学んだのは、最澄さいちょうが開いた比叡山ひえいざん延暦寺えんりゃくじです。

確認問題

答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。

  1. Q1『延暦寺えんりゃくじ』をつくった人物はだれでしょう。

    最澄さいちょう

    延暦寺えんりゃくじ(788年)。最澄さいちょうが比叡山ひえいざんに建てた天台宗てんだいしゅうの中心となる寺です。つくった人物は最澄さいちょうです。

  2. Q2『金剛峯寺こんごうぶじ』をつくった人物はだれでしょう。

    空海くうかい

    金剛峯寺こんごうぶじ(816年)。空海くうかいが和歌山県の高野山こうやさんに開いた真言宗しんごんしゅうの中心となる寺です。つくった人物は空海くうかいです。

  3. Q3最澄さいちょうが天台宗てんだいしゅうを開いたのは何年でしょう。

    806年

    最澄さいちょうが天台宗てんだいしゅうを開く(806年)。唐とうから帰った最澄さいちょうが、比叡山ひえいざんに延暦寺えんりゃくじを建てて天台宗てんだいしゅうを開きました。ごろ合わせ: 晴れろ(806)、比叡の空に最澄さいちょうの天台宗てんだいしゅう。同じ年に空海くうかいが真言宗しんごんしゅう

  4. Q4空海くうかいが真言宗しんごんしゅうを開いたのは何年でしょう。

    806年

    空海くうかいが真言宗しんごんしゅうを開く(806年)。唐とうで密教みっきょうを学んで帰った空海くうかいが真言宗しんごんしゅうを開き、高野山こうやさんに金剛峯寺こんごうぶじを建てました。ごろ合わせ: 晴れろ(806)、高野の空に空海くうかいの真言宗しんごんしゅう

平安時代の一問一答でもっと解く

つぎのステップ

年代と内容は、教科書・塾教材の記述にそろえた学習用のものです。異説がある年は、年表アプリの項目の中に記しています。まちがいを見つけたらお問い合わせから教えてください。