金閣と銀閣のちがい

金閣は、3代将軍足利義満が京都の北山に建てた3階建ての建物で、2階と3階が金ぱくでおおわれた華やかな北山文化の代表です。銀閣は、8代将軍足利義政が京都の東山に建てた2階建ての建物で、銀ぱくは貼られておらず、簡素な東山文化の代表です。
表でくらべる
| 金閣 | 銀閣 | |
|---|---|---|
| 建てた人 | 3代 足利義満 | 8代 足利義政 |
| 場所 | 京都・北山 | 京都・東山 |
| 文化 | 北山文化(華やか) | 東山文化(簡素・わび) |
| 寺の名前 | 鹿苑寺 | 慈照寺 |
| 階数・特ちょう | 3階建て、金ぱく | 2階建て、銀ぱくは貼られていない |
見分けるときは、「だれが」「どこに」の2つをセットで覚えます。3代の義満が北山に建てたのが金閣、8代の義政が東山に建てたのが銀閣です。金閣の「金」は本当に金ぱくが貼られていますが、銀閣に銀ぱくは貼られていません。
建てられた順に見る
金閣と銀閣は、建てられた時期が約90年ちがいます。金閣は、南北朝を統一して幕府の力が最も強かったころの義満が建てました。銀閣は、応仁の乱で京都が焼け野原になったあとに、義政が建てました。時代の勢いのちがいが、華やかさと簡素さのちがいにつながっています。
金閣(鹿苑寺)
足利義満は1397年、京都の北山に山荘(北山殿)を造り、その中心に金閣を建てました。1階は公家の寝殿造、2階は武家の書院風、3階は禅宗の様式と、三つの様式を重ねた建物です。公家と武家の文化が合わさった北山文化を、よく表しています。
2階と3階の外側は金ぱくでおおわれ、池に映る姿が美しいことで知られます。義満の死後、山荘は鹿苑寺という禅宗の寺になりました。1950年に火事で焼けましたが、1955年に再建され、世界遺産「古都京都の文化財」に含まれています。
覚え方
金閣=義満=北山=華やか(三つの様式を重ねる)
銀閣(慈照寺)
足利義政は応仁の乱のあと、京都の東山に山荘(東山殿)を造り、金閣にならって銀閣を建てました。1階は書院造、2階は禅宗の様式の2階建てです。銀閣という名前ですが銀ぱくは貼られておらず、木のままの落ち着いた姿をしています。
禅宗の影響を受けた簡素な美しさは、わび・さびの心につながり、東山文化を代表する建物とされます。同じ敷地にある東求堂同仁斎は、たたみ・ふすま・障子・床の間をそなえた書院造の代表で、今の和室のもとになりました。義政の死後、山荘は慈照寺という寺になりました。
覚え方
銀閣=義政=東山=わび(銀ぱくはない)
文化もくらべる:北山文化と東山文化
金閣と銀閣は、それぞれの時代の文化を代表する建物です。入試では建物だけでなく、文化の名前と特色、代表する芸能や芸術がセットで問われます。
| 北山文化 | 東山文化 | |
|---|---|---|
| 時期 | 3代義満のころ(14世紀末〜15世紀初め) | 8代義政のころ(15世紀後半) |
| 代表建築 | 金閣(鹿苑寺) | 銀閣(慈照寺)・東求堂同仁斎 |
| 特色 | 華やか、公家+武家+禅宗 | 簡素・わび、禅宗の影響が強い |
| 芸能・芸術 | 能(観阿弥・世阿弥) | 水墨画(雪舟)・書院造・枯山水 |
北山文化は、公家の文化と武家の文化が合わさり、明との貿易で伝わった禅宗の文化も取り入れた華やかな文化です。義満の保護のもとで、観阿弥・世阿弥の親子が能を大成しました。
東山文化は、禅宗の影響を強く受けた、簡素で静かな美しさを大切にする文化です。雪舟の水墨画、竜安寺の石庭(枯山水)、書院造、茶の湯や生け花がこの文化から発展しました。
入試のポイント
- 建てた人=足利義満、場所=京都の北山、文化=北山文化
- 寝殿造・書院風・禅宗様の三つの様式が重なる→公家+武家+禅宗の文化
- 銀閣(義政・東山・簡素)との対比が頻出
- 寺としての名前は鹿苑寺
- 建てた人=足利義政、場所=京都の東山、文化=東山文化
- 銀ぱくは貼られていない、2階建て(金閣は3階建て)
- 同じ敷地の東求堂同仁斎=書院造の代表
- 寺としての名前は慈照寺
よくあるまちがい
義満と義政を取りちがえる
金閣は3代の義満、銀閣は8代の義政です。「みつ」と「まさ」で名前が似ているうえ、どちらも「義」がつくので、まちがえやすいところです。義満は南北朝の統一と勘合貿易、義政は応仁の乱と、それぞれ別のできごととセットで覚えましょう。
銀閣に銀ぱくが貼られていると思う
銀閣に銀ぱくは貼られていません。木のままの落ち着いた姿で、これが東山文化の簡素な美しさを表しています。
階数を逆に覚える
金閣は3階建て、銀閣は2階建てです。金閣のほうが華やかで、階数も多い、と結びつけて覚えましょう。
鹿苑寺と慈照寺を逆に覚える
金閣がある寺が鹿苑寺、銀閣がある寺が慈照寺です。どちらも将軍の山荘が、死後に寺になったものです。
確認問題
答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。
Q1『金閣(鹿苑寺)』をつくった人物はだれでしょう。
足利義満
金閣(鹿苑寺)(1397年ごろ)。3代将軍足利義満が京都の北山に建てた、金ぱくでおおわれた3階建ての建物です。つくった人物は足利義満です。
Q2『銀閣(慈照寺)』をつくった人物はだれでしょう。
足利義政
銀閣(慈照寺)(1489年ごろ)。8代将軍足利義政が京都の東山に建てた2階建ての建物です。つくった人物は足利義政です。
Q3金閣と銀閣のうち、文化が『北山文化(華やか)』なのはどちらでしょう。
金閣
金閣の文化は『北山文化(華やか)』です。ほかは銀閣が『東山文化(簡素・わび)』です。
Q4金閣と銀閣のうち、文化が『東山文化(簡素・わび)』なのはどちらでしょう。
銀閣
銀閣の文化は『東山文化(簡素・わび)』です。ほかは金閣が『北山文化(華やか)』です。
つぎのステップ
年代と内容は、教科書・塾教材の記述にそろえた学習用のものです。異説がある年は、年表アプリの項目の中に記しています。まちがいを見つけたらお問い合わせから教えてください。