鎌倉新仏教6宗のちがい(浄土宗と浄土真宗・臨済宗と曹洞宗)

浄土宗は法然が開き、念仏を唱えればだれでも救われると説きました。浄土真宗は法然の弟子の親鸞が開き、阿弥陀仏を信じる心があれば救われると説きました。臨済宗は栄西が伝えた座禅と公案(問答)の宗派、曹洞宗は道元が伝えたひたすら座禅をする宗派で、時宗(一遍)・日蓮宗(日蓮)とあわせて鎌倉新仏教の6宗とよばれます。
表でくらべる
| 宗派 | 開祖 | 教え・修行 | 中心寺院 |
|---|---|---|---|
| 浄土宗 | 法然 | 念仏(南無阿弥陀仏)を唱える | 知恩院(京都) |
| 浄土真宗 | 親鸞 | 阿弥陀仏を信じる心・悪人正機 | 本願寺(京都) |
| 時宗 | 一遍 | 踊念仏、全国を歩いて布教 | 清浄光寺(神奈川) |
| 日蓮宗 | 日蓮 | 題目(南無妙法蓮華経)を唱える | 久遠寺(山梨) |
| 臨済宗 | 栄西 | 座禅と公案(問答) | 建仁寺(京都) |
| 曹洞宗 | 道元 | 只管打坐(ひたすら座禅) | 永平寺(福井) |
入試では、「宗派・開祖・教え(修行)・中心寺院」の4つを正しく組み合わせられるかが、いちばんよく問われます。表を横に読んで、たとえば「道元=曹洞宗=ひたすら座禅=永平寺(福井)」のように、1つの列ではなく1行をまとめて覚えましょう。
6つの宗派には共通点があります。どれも、念仏・題目・座禅といった一つの簡単な修行で、だれでも救われると説いたことです。それまでの仏教とちがって、武士や民衆にも広く受け入れられました。
年の順に見る
6つの宗派は、同じ年にいっせいに開かれたのではありません。法然が浄土宗を開いた1175年から、日蓮が亡くなった1282年まで、約100年のあいだに開祖たちが次々と活やくしました。
開祖たちの動き
- 1175年法然が、念仏を唱えればだれでも救われると説いて浄土宗を開く
- 1191年栄西が宋から帰国し、臨済宗を伝える
- 1207年法然が四国に、弟子の親鸞が越後(新潟県)に流される。親鸞はその後、関東で教えを広める
- 1227年道元が宋から帰国し、曹洞宗を伝える。1244年に越前(福井県)に永平寺を建てる
- 1253年日蓮が日蓮宗を開く。1260年に『立正安国論』を幕府に差し出し、のちに佐渡に流される
- 1274年ごろ一遍が全国を歩いて、念仏の札を配りながら布教を始める
同じころの政治のできごとと並べると、鎌倉幕府ができるころから元寇(蒙古襲来)のころまでに重なっていることがわかります。
3つのグループで整理する
6つの宗派は、修行のしかたで3つのグループに分けると覚えやすくなります。
念仏のグループ(3つ)
- 浄土宗(法然)・浄土真宗(親鸞)・時宗(一遍)。「南無阿弥陀仏」と念仏を唱える
題目のグループ(1つ)
- 日蓮宗(日蓮)。「南無妙法蓮華経」と題目を唱える
座禅のグループ(2つ)=禅宗
- 臨済宗(栄西)・曹洞宗(道元)。座禅によってさとりを開く。どちらも宋から伝わった
念仏が3つ、題目が1つ、座禅が2つです。まず「どのグループか」を決めてから、グループの中で開祖と寺を区別すると、まちがいが減ります。
浄土宗と浄土真宗のちがい
名前がよく似ている2つの宗派は、師と弟子の関係にあります。浄土宗を開いたのが法然、その弟子で浄土真宗を開いたのが親鸞です。浄土真宗は一向宗ともよばれます。
法然は美作(岡山県)の武士の家に生まれ、比叡山で学びました。1175年、ひたすら「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば、身分や修行に関係なくだれでも極楽浄土に行けるという教えにたどりつき、浄土宗を開きました。主な著作は『選択本願念仏集』で、京都の知恩院が中心寺院です。
親鸞は京都の貴族の家に生まれ、比叡山で修行したのち法然の弟子になりました。「善人でさえ救われるのだから、悪人はなおさら救われる」という悪人正機の考えを説き、阿弥陀仏を信じる心があれば救われるとしました。自らも妻を持ち肉を食べるなど、僧としての決まりにこだわらない生き方をしました。主な著作は『教行信証』で、弟子がまとめた『歎異抄』にも教えが伝わっています。中心寺院は京都の本願寺です。
浄土宗(法然)
- 教え念仏(南無阿弥陀仏)を唱える
- 本『選択本願念仏集』
- 中心寺院知恩院(京都)
浄土真宗(親鸞)
- 教え阿弥陀仏を信じる心・悪人正機
- 本『教行信証』(弟子がまとめた『歎異抄』)
- 中心寺院本願寺(京都)
2人は1207年、旧仏教の反発を受けて同時に罪に問われ、法然は四国に、親鸞は越後に流されました。浄土真宗はその後も本願寺を中心に広まり、室町時代には加賀の一向一揆を起こすほどの大きな力を持ちました。
臨済宗と曹洞宗のちがい
臨済宗と曹洞宗は、どちらも座禅によってさとりを開く禅宗で、宋(中国)から伝えられました。伝えたのは、臨済宗が栄西、曹洞宗が道元です。ちがいは、修行のしかたと、だれに広まったかにあります。
栄西は備中(岡山県)に生まれ、比叡山で学んだのち二度にわたって宋に渡り、1191年に帰国しました。師から弟子へ問答(公案)を通してさとりを伝える臨済宗を伝え、京都に建仁寺を建てました。幕府の保護を受けて鎌倉にも進出し、禅宗は鎌倉幕府や北条氏と結びついて武士の間に広まりました。8代執権の北条時宗が鎌倉に建てた円覚寺も臨済宗の寺です。栄西は宋から茶の種を持ち帰り、『喫茶養生記』を書いたことでも知られます。
道元は京都の貴族の家に生まれ、比叡山や建仁寺で学んだのち宋に渡り、1227年に帰国しました。ひたすら座禅に打ちこむこと(只管打坐)そのものがさとりであると説いて、曹洞宗を伝えました。京都での布教が旧仏教の反発を受けたため、1244年に越前(福井県)の山中に永平寺を建て、弟子たちと厳しい修行の生活を送りました。幕府に近づいた臨済宗とちがい、権力との結びつきを避けたのが特徴で、曹洞宗は地方の武士や民衆に広まりました。主な著作は『正法眼蔵』です。
臨済宗(栄西)
- 修行座禅と公案(問答)
- 広まった相手幕府の保護を受けて武士に
- 中心寺院建仁寺(京都)
曹洞宗(道元)
- 修行只管打坐(ひたすら座禅)
- 広まった相手権力から離れ、地方の武士や民衆に
- 中心寺院永平寺(福井)
時宗と日蓮宗
一遍は伊予(愛媛県)の武士の家に生まれ、浄土教を学びました。1274年ごろから全国を歩いて布教を始め、念仏の札を配って人々に念仏をすすめました。太鼓や鉦に合わせて念仏を唱えながら踊る踊念仏は民衆に大人気となりました。一生を旅に過ごしたので遊行上人とよばれ、その様子は『一遍上人絵伝』にくわしく描かれています。時宗の中心寺院は神奈川県藤沢市の清浄光寺(遊行寺)です。
日蓮は安房(千葉県)の漁師の家に生まれ、1253年に法華経こそが正しい教えであると説いて日蓮宗(法華宗)を開きました。「南無妙法蓮華経」と題目を唱えれば救われると説き、他の宗派を激しく批判しました。1260年には『立正安国論』を執権北条時頼に差し出し、正しい教えを信じなければ外国が攻めてくると警告しましたが、幕府はこれを受け入れず、日蓮は伊豆や佐渡に流されました。のちに元寇が起こると、予言が当たったとして信者が増え、関東の武士や商工業者に広まりました。晩年は山梨県の身延山久遠寺で過ごしました。
なぜこの時代に新しい仏教が広まったのか
平安時代の仏教は貴族のためのもので、難しい教えや厳しい修行が必要でした。平安時代の中ごろには、1052年から末法の世に入ると信じられて人々の不安が高まり、念仏を唱えて極楽浄土に行くことを願う浄土教が広まっていました。
戦乱や災害が続いて世の中の不安が高まると、武士や民衆にも分かりやすい教えが求められるようになりました。そこで、一つの簡単な修行でだれでも救われると説く新しい仏教が生まれました。これらの宗派は旧仏教から弾圧を受けながらも、それぞれ武士・民衆に広く受け入れられました。
開祖のうち法然・親鸞・栄西・道元・日蓮は、みな比叡山の延暦寺で学んでいます。平安時代の初めに最澄が開いた天台宗の寺で、ここで学んだ僧たちが新しい宗派を開いたことになります。最澄と空海の仏教については「天台宗と真言宗のちがい」で確かめられます。
入試のポイント
- 6宗の開祖・宗派・教え・中心寺院の組み合わせは最頻出。表で覚える
- 共通点:一つの簡単な修行でだれでも救われる(易行)。民衆・武士に広まった
- 禅宗は幕府(北条氏)の保護を受けて武士に広まり、建長寺・円覚寺が建てられた
- 平安仏教(最澄の天台宗・空海の真言宗)と混同しない
- 浄土宗(法然)と浄土真宗(親鸞)の区別。親鸞は法然の弟子
- 念仏系(浄土宗・浄土真宗・時宗)、題目系(日蓮宗)、座禅系(臨済宗・曹洞宗)の3グループに分ける
- 中心寺院:法然=知恩院、親鸞=本願寺、一遍=清浄光寺
- 曹洞宗を開き、永平寺(福井県)を建てた。臨済宗の栄西と区別
- 只管打坐(ひたすら座禅)。臨済宗は公案(問答)を重視する
- 幕府と結びついた臨済宗に対し、道元は権力から離れて修行した
- 主著『正法眼蔵』
よくあるまちがい
開祖と宗派を取りちがえる
6人の開祖と6つの宗派の組み合わせは、いちばんまちがえやすいところです。開祖の名前がそのまま宗派の名前になっているのは、日蓮宗(日蓮)だけです。ほかの5つは、グループ(念仏・題目・座禅)を手がかりに、表の1行ごとに覚えましょう。
念仏と題目を取りちがえる
念仏は「南無阿弥陀仏」で、浄土宗・浄土真宗・時宗の3つです。題目は「南無妙法蓮華経」で、日蓮宗だけです。
浄土宗と浄土真宗を取りちがえる
先に開かれたのが法然の浄土宗(知恩院)、その弟子の親鸞が開いたのが浄土真宗(本願寺)です。悪人正機を説いたのは親鸞で、一向一揆につながったのも浄土真宗(一向宗)です。
臨済宗と曹洞宗を取りちがえる
臨済宗は栄西で、京都の建仁寺、公案(問答)を重んじました。曹洞宗は道元で、福井の永平寺、ひたすら座禅をする只管打坐です。幕府と結びついて鎌倉に広まったのは臨済宗のほうです。
一遍の時宗と、執権の北条時宗を混同する
一遍が開いた宗派の時宗と、元寇のときの8代執権の北条時宗は、同じ字でも別のものです。北条時宗が建てた円覚寺は、時宗ではなく臨済宗の寺です。
確認問題
答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。
Q1『浄土宗』の開祖は何でしょう。
法然
『浄土宗』の開祖は法然です。
Q2『浄土真宗』の開祖は何でしょう。
親鸞
『浄土真宗』の開祖は親鸞です。
Q3『日蓮宗』の開祖は何でしょう。
日蓮
『日蓮宗』の開祖は日蓮です。
Q4『臨済宗』の開祖は何でしょう。
栄西
『臨済宗』の開祖は栄西です。
Q5『曹洞宗』の開祖は何でしょう。
道元
『曹洞宗』の開祖は道元です。
Q6『浄土宗』の教え・修行は何でしょう。
念仏(南無阿弥陀仏)を唱える
『浄土宗』の教え・修行は「念仏(南無阿弥陀仏)を唱える」です。
つぎのステップ
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