鎌倉新仏教6宗のちがい(浄土宗と浄土真宗・臨済宗と曹洞宗)

ちがい鎌倉時代文化・くらし

鎌倉新仏教6宗のちがい(浄土宗と浄土真宗・臨済宗と曹洞宗)の要点をまとめたイラスト

浄土宗は法然が開き、念仏を唱えればだれでも救われると説きました。浄土真宗は法然の弟子の親鸞が開き、阿弥陀仏を信じる心があれば救われると説きました。臨済宗は栄西が伝えた座禅と公案(問答)の宗派、曹洞宗は道元が伝えたひたすら座禅をする宗派で、時宗(一遍)・日蓮宗(日蓮)とあわせて鎌倉新仏教の6宗とよばれます。

2026/10/11 公開・ふりがなつき

表でくらべる

宗派しゅうは開祖かいそ教え・修行しゅぎょう中心寺院じいん
浄土宗じょうどしゅう法然ほうねん念仏ねんぶつ(南無阿弥陀仏なむあみだぶつ)を唱える知恩院ちおんいん(京都きょうと)
浄土真宗じょうどしんしゅう親鸞しんらん阿弥陀仏あみだぶつを信じる心・悪人正機あくにんしょうき本願寺ほんがんじ(京都きょうと)
時宗一遍いっぺん踊念仏おどりねんぶつ、全国を歩いて布教ふきょう清浄光寺しょうじょうこうじ(神奈川)
日蓮宗にちれんしゅう日蓮にちれん題目だいもく(南無妙法蓮華経なむみょうほうれんげきょう)を唱える久遠寺くおんじ(山梨)
臨済宗りんざいしゅう栄西えいさい座禅ざぜんと公案こうあん(問答もんどう)建仁寺けんにんじ(京都きょうと)
曹洞宗そうとうしゅう道元どうげん只管打坐しかんたざ(ひたすら座禅ざぜん)永平寺えいへいじ(福井)
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入試では、「宗派しゅうは・開祖かいそ・教え(修行しゅぎょう)・中心寺院じいん」の4つを正しく組み合わせられるかが、いちばんよく問われます。表を横に読んで、たとえば「道元どうげん=曹洞宗そうとうしゅう=ひたすら座禅ざぜん=永平寺えいへいじ(福井)」のように、1つの列ではなく1行をまとめて覚えましょう。

6つの宗派しゅうはには共通点があります。どれも、念仏ねんぶつ・題目だいもく・座禅ざぜんといった一つの簡単な修行しゅぎょうで、だれでも救われると説いたことです。それまでの仏教ぶっきょうとちがって、武士ぶしや民衆みんしゅうにも広く受け入れられました。

年の順に見る

6つの宗派しゅうはは、同じ年にいっせいに開かれたのではありません。法然ほうねんが浄土宗じょうどしゅうを開いた1175年から、日蓮にちれんが亡くなった1282年まで、約100年のあいだに開祖かいそたちが次々と活やくしました。

開祖かいそたちの動き

  1. 1175年法然ほうねんが、念仏ねんぶつを唱えればだれでも救われると説いて浄土宗じょうどしゅうを開く
  2. 1191年栄西えいさいが宋そうから帰国きこくし、臨済宗りんざいしゅうを伝える
  3. 1207年法然ほうねんが四国に、弟子でしの親鸞しんらんが越後えちご(新潟県)に流される。親鸞しんらんはその後、関東かんとうで教えを広める
  4. 1227年道元どうげんが宋そうから帰国きこくし、曹洞宗そうとうしゅうを伝える。1244年に越前えちぜん(福井県)に永平寺えいへいじを建てる
  5. 1253年日蓮にちれんが日蓮宗にちれんしゅうを開く。1260年に『立正安国論りっしょうあんこくろん』を幕府ばくふに差し出し、のちに佐渡さどに流される
  6. 1274年ごろ一遍いっぺんが全国を歩いて、念仏ねんぶつの札を配りながら布教ふきょうを始める

同じころの政治のできごとと並べると、鎌倉幕府かまくらばくふができるころから元寇げんこう(蒙古襲来もうこしゅうらい)のころまでに重なっていることがわかります。

  1. 1175年鎌倉新仏教かまくらしんぶっきょう
  2. 1192年鎌倉幕府かまくらばくふの成立せいりつ
  3. 1221年承久じょうきゅうの乱らん
  4. 1274年文永ぶんえいの役えき
  5. 1281年弘安こうあんの役えき
  6. 1282年円覚寺えんがくじ

3つのグループで整理する

6つの宗派しゅうはは、修行しゅぎょうのしかたで3つのグループに分けると覚えやすくなります。

念仏ねんぶつのグループ(3つ)

  1. 浄土宗じょうどしゅう(法然ほうねん)・浄土真宗じょうどしんしゅう(親鸞しんらん)・時宗(一遍いっぺん)。「南無阿弥陀仏なむあみだぶつ」と念仏ねんぶつを唱える

題目だいもくのグループ(1つ)

  1. 日蓮宗にちれんしゅう(日蓮にちれん)。「南無妙法蓮華経なむみょうほうれんげきょう」と題目だいもくを唱える

座禅ざぜんのグループ(2つ)=禅宗ぜんしゅう

  1. 臨済宗りんざいしゅう(栄西えいさい)・曹洞宗そうとうしゅう(道元どうげん)。座禅ざぜんによってさとりを開く。どちらも宋そうから伝わった

念仏ねんぶつが3つ、題目だいもくが1つ、座禅ざぜんが2つです。まず「どのグループか」を決めてから、グループの中で開祖かいそと寺を区別すると、まちがいが減ります。

浄土宗と浄土真宗のちがい

名前がよく似ている2つの宗派しゅうはは、師と弟子でしの関係にあります。浄土宗じょうどしゅうを開いたのが法然、その弟子でしで浄土真宗じょうどしんしゅうを開いたのが親鸞です。浄土真宗じょうどしんしゅうは一向宗いっこうしゅうともよばれます。

法然ほうねんは美作(岡山県)の武士ぶしの家に生まれ、比叡山ひえいざんで学びました。1175年、ひたすら「南無阿弥陀仏なむあみだぶつ」と念仏ねんぶつを唱えれば、身分や修行しゅぎょうに関係なくだれでも極楽浄土ごくらくじょうどに行けるという教えにたどりつき、浄土宗じょうどしゅうを開きました。主な著作は『選択本願念仏集』で、京都きょうとの知恩院ちおんいんが中心寺院じいんです。

親鸞しんらんは京都きょうとの貴族きぞくの家に生まれ、比叡山ひえいざんで修行しゅぎょうしたのち法然ほうねんの弟子でしになりました。「善人でさえ救われるのだから、悪人はなおさら救われる」という悪人正機あくにんしょうきの考えを説き、阿弥陀仏あみだぶつを信じる心があれば救われるとしました。自らも妻を持ち肉を食べるなど、僧そうとしての決まりにこだわらない生き方をしました。主な著作は『教行信証』で、弟子でしがまとめた『歎異抄』にも教えが伝わっています。中心寺院じいんは京都きょうとの本願寺ほんがんじです。

浄土宗じょうどしゅう(法然ほうねん)

  1. 教え念仏ねんぶつ(南無阿弥陀仏なむあみだぶつ)を唱える
  2. 本『選択本願念仏集』
  3. 中心寺院じいん知恩院ちおんいん(京都きょうと)

浄土真宗じょうどしんしゅう(親鸞しんらん)

  1. 教え阿弥陀仏あみだぶつを信じる心・悪人正機あくにんしょうき
  2. 本『教行信証』(弟子でしがまとめた『歎異抄』)
  3. 中心寺院じいん本願寺ほんがんじ(京都きょうと)

2人は1207年、旧仏教ぶっきょうの反発を受けて同時に罪に問われ、法然ほうねんは四国に、親鸞しんらんは越後えちごに流されました。浄土真宗じょうどしんしゅうはその後も本願寺ほんがんじを中心に広まり、室町時代むろまちじだいには加賀の一向一揆を起こすほどの大きな力を持ちました。

臨済宗と曹洞宗のちがい

臨済宗りんざいしゅうと曹洞宗そうとうしゅうは、どちらも座禅ざぜんによってさとりを開く禅宗ぜんしゅうで、宋そう(中国)から伝えられました。伝えたのは、臨済宗りんざいしゅうが栄西、曹洞宗そうとうしゅうが道元です。ちがいは、修行しゅぎょうのしかたと、だれに広まったかにあります。

栄西えいさいは備中びっちゅう(岡山県)に生まれ、比叡山ひえいざんで学んだのち二度にわたって宋そうに渡り、1191年に帰国きこくしました。師から弟子でしへ問答もんどう(公案こうあん)を通してさとりを伝える臨済宗りんざいしゅうを伝え、京都きょうとに建仁寺けんにんじを建てました。幕府ばくふの保護を受けて鎌倉かまくらにも進出し、禅宗ぜんしゅうは鎌倉幕府かまくらばくふや北条氏ほうじょうしと結びついて武士ぶしの間に広まりました。8代執権しっけんの北条時宗ほうじょうときむねが鎌倉かまくらに建てた円覚寺も臨済宗りんざいしゅうの寺です。栄西えいさいは宋そうから茶の種を持ち帰り、『喫茶養生記きっさようじょうき』を書いたことでも知られます。

道元どうげんは京都きょうとの貴族きぞくの家に生まれ、比叡山ひえいざんや建仁寺けんにんじで学んだのち宋そうに渡り、1227年に帰国きこくしました。ひたすら座禅ざぜんに打ちこむこと(只管打坐しかんたざ)そのものがさとりであると説いて、曹洞宗そうとうしゅうを伝えました。京都きょうとでの布教ふきょうが旧仏教ぶっきょうの反発を受けたため、1244年に越前えちぜん(福井県)の山中に永平寺えいへいじを建て、弟子でしたちと厳しい修行しゅぎょうの生活を送りました。幕府ばくふに近づいた臨済宗りんざいしゅうとちがい、権力との結びつきを避けたのが特徴で、曹洞宗そうとうしゅうは地方の武士ぶしや民衆みんしゅうに広まりました。主な著作は『正法眼蔵』です。

臨済宗りんざいしゅう(栄西えいさい)

  1. 修行しゅぎょう座禅ざぜんと公案こうあん(問答もんどう)
  2. 広まった相手幕府ばくふの保護を受けて武士ぶしに
  3. 中心寺院じいん建仁寺けんにんじ(京都きょうと)

曹洞宗そうとうしゅう(道元どうげん)

  1. 修行しゅぎょう只管打坐しかんたざ(ひたすら座禅ざぜん)
  2. 広まった相手権力から離れ、地方の武士ぶしや民衆みんしゅうに
  3. 中心寺院じいん永平寺えいへいじ(福井)

時宗と日蓮宗

一遍は伊予いよ(愛媛県)の武士ぶしの家に生まれ、浄土教じょうどきょうを学びました。1274年ごろから全国を歩いて布教ふきょうを始め、念仏ねんぶつの札を配って人々に念仏ねんぶつをすすめました。太鼓や鉦に合わせて念仏ねんぶつを唱えながら踊る踊念仏おどりねんぶつは民衆みんしゅうに大人気となりました。一生を旅に過ごしたので遊行上人ゆぎょうしょうにんとよばれ、その様子は『一遍上人絵伝』にくわしく描かれています。時宗の中心寺院じいんは神奈川県藤沢市の清浄光寺しょうじょうこうじ(遊行寺)です。

日蓮は安房(千葉県)の漁師の家に生まれ、1253年に法華経こそが正しい教えであると説いて日蓮宗にちれんしゅう(法華宗ほっけしゅう)を開きました。「南無妙法蓮華経なむみょうほうれんげきょう」と題目だいもくを唱えれば救われると説き、他の宗派しゅうはを激しく批判しました。1260年には『立正安国論りっしょうあんこくろん』を執権しっけん北条時頼ほうじょうときよりに差し出し、正しい教えを信じなければ外国がいこくが攻めてくると警告しましたが、幕府ばくふはこれを受け入れず、日蓮にちれんは伊豆いずや佐渡さどに流されました。のちに元寇が起こると、予言が当たったとして信者しんじゃが増え、関東かんとうの武士ぶしや商工業者に広まりました。晩年は山梨県の身延山久遠寺で過ごしました。

なぜこの時代に新しい仏教が広まったのか

平安時代へいあんじだいの仏教ぶっきょうは貴族きぞくのためのもので、難しい教えや厳しい修行しゅぎょうが必要でした。平安時代へいあんじだいの中ごろには、1052年から末法の世に入ると信じられて人々の不安が高まり、念仏ねんぶつを唱えて極楽浄土ごくらくじょうどに行くことを願う浄土教じょうどきょうが広まっていました。

戦乱や災害が続いて世の中の不安が高まると、武士ぶしや民衆みんしゅうにも分かりやすい教えが求められるようになりました。そこで、一つの簡単な修行しゅぎょうでだれでも救われると説く新しい仏教ぶっきょうが生まれました。これらの宗派しゅうはは旧仏教ぶっきょうから弾圧を受けながらも、それぞれ武士ぶし・民衆みんしゅうに広く受け入れられました。

開祖かいそのうち法然ほうねん・親鸞しんらん・栄西えいさい・道元どうげん・日蓮にちれんは、みな比叡山ひえいざんの延暦寺で学んでいます。平安時代へいあんじだいの初めに最澄さいちょうが開いた天台宗てんだいしゅうの寺で、ここで学んだ僧たちが新しい宗派しゅうはを開いたことになります。最澄さいちょうと空海くうかいの仏教ぶっきょうについては「天台宗てんだいしゅうと真言宗しんごんしゅうのちがい」で確かめられます。

入試のポイント

  • 6宗しゅうの開祖かいそ・宗派しゅうは・教え・中心寺院じいんの組み合わせは最頻出。表で覚える
  • 共通点:一つの簡単な修行しゅぎょうでだれでも救われる(易行いぎょう)。民衆みんしゅう・武士ぶしに広まった
  • 禅宗ぜんしゅうは幕府ばくふ(北条氏ほうじょうし)の保護を受けて武士ぶしに広まり、建長寺けんちょうじ・円覚寺えんがくじが建てられた
  • 平安へいあん仏教ぶっきょう(最澄さいちょうの天台宗てんだいしゅう・空海くうかいの真言宗しんごんしゅう)と混同しない
  • 浄土宗じょうどしゅう(法然ほうねん)と浄土真宗じょうどしんしゅう(親鸞しんらん)の区別。親鸞しんらんは法然ほうねんの弟子でし
  • 念仏系(浄土宗じょうどしゅう・浄土真宗じょうどしんしゅう・時宗)、題目系(日蓮宗にちれんしゅう)、座禅系(臨済宗りんざいしゅう・曹洞宗そうとうしゅう)の3グループに分ける
  • 中心寺院じいん:法然ほうねん=知恩院ちおんいん、親鸞しんらん=本願寺ほんがんじ、一遍いっぺん=清浄光寺しょうじょうこうじ
  • 曹洞宗そうとうしゅうを開き、永平寺えいへいじ(福井県)を建てた。臨済宗りんざいしゅうの栄西えいさいと区別
  • 只管打坐しかんたざ(ひたすら座禅ざぜん)。臨済宗りんざいしゅうは公案こうあん(問答もんどう)を重視する
  • 幕府ばくふと結びついた臨済宗りんざいしゅうに対し、道元どうげんは権力から離れて修行しゅぎょうした
  • 主著『正法眼蔵』

よくあるまちがい

開祖と宗派を取りちがえる

6人の開祖かいそと6つの宗派しゅうはの組み合わせは、いちばんまちがえやすいところです。開祖かいその名前がそのまま宗派しゅうはの名前になっているのは、日蓮宗にちれんしゅう(日蓮にちれん)だけです。ほかの5つは、グループ(念仏ねんぶつ・題目だいもく・座禅ざぜん)を手がかりに、表の1行ごとに覚えましょう。

念仏と題目を取りちがえる

念仏ねんぶつは「南無阿弥陀仏なむあみだぶつ」で、浄土宗じょうどしゅう・浄土真宗じょうどしんしゅう・時宗の3つです。題目だいもくは「南無妙法蓮華経なむみょうほうれんげきょう」で、日蓮宗にちれんしゅうだけです。

浄土宗と浄土真宗を取りちがえる

先に開かれたのが法然ほうねんの浄土宗じょうどしゅう(知恩院ちおんいん)、その弟子でしの親鸞しんらんが開いたのが浄土真宗じょうどしんしゅう(本願寺ほんがんじ)です。悪人正機あくにんしょうきを説いたのは親鸞しんらんで、一向一揆いっこういっきにつながったのも浄土真宗じょうどしんしゅう(一向宗いっこうしゅう)です。

臨済宗と曹洞宗を取りちがえる

臨済宗りんざいしゅうは栄西えいさいで、京都きょうとの建仁寺けんにんじ、公案こうあん(問答もんどう)を重んじました。曹洞宗そうとうしゅうは道元どうげんで、福井の永平寺えいへいじ、ひたすら座禅ざぜんをする只管打坐しかんたざです。幕府ばくふと結びついて鎌倉かまくらに広まったのは臨済宗りんざいしゅうのほうです。

一遍の時宗と、執権の北条時宗を混同する

一遍いっぺんが開いた宗派しゅうはの時宗と、元寇げんこうのときの8代執権しっけんの北条時宗ほうじょうときむねは、同じ字でも別のものです。北条時宗ほうじょうときむねが建てた円覚寺えんがくじは、時宗ではなく臨済宗りんざいしゅうの寺です。

確認問題

答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。

  1. Q1『浄土宗じょうどしゅう』の開祖かいそは何でしょう。

    法然ほうねん

    『浄土宗じょうどしゅう』の開祖かいそは法然ほうねんです。

  2. Q2『浄土真宗じょうどしんしゅう』の開祖かいそは何でしょう。

    親鸞しんらん

    『浄土真宗じょうどしんしゅう』の開祖かいそは親鸞しんらんです。

  3. Q3『日蓮宗にちれんしゅう』の開祖かいそは何でしょう。

    日蓮にちれん

    『日蓮宗にちれんしゅう』の開祖かいそは日蓮にちれんです。

  4. Q4『臨済宗りんざいしゅう』の開祖かいそは何でしょう。

    栄西えいさい

    『臨済宗りんざいしゅう』の開祖かいそは栄西えいさいです。

  5. Q5『曹洞宗そうとうしゅう』の開祖かいそは何でしょう。

    道元どうげん

    『曹洞宗そうとうしゅう』の開祖かいそは道元どうげんです。

  6. Q6『浄土宗じょうどしゅう』の教え・修行しゅぎょうは何でしょう。

    念仏ねんぶつ(南無阿弥陀仏なむあみだぶつ)を唱える

    『浄土宗じょうどしゅう』の教え・修行しゅぎょうは「念仏ねんぶつ(南無阿弥陀仏なむあみだぶつ)を唱える」です。

鎌倉時代の一問一答でもっと解く

つぎのステップ

年代と内容は、教科書・塾教材の記述にそろえた学習用のものです。異説がある年は、年表アプリの項目の中に記しています。まちがいを見つけたらお問い合わせから教えてください。