室町時代の一問一答

室町時代(1334年〜1573年)の、中学受験でよく出るできごと・人物・文化を127問の一問一答にまとめました。問題をタップすると答えと解説が出ます。室町時代は「幕府の力が弱まり、下剋上の戦国へ」時代です。
フラッシュカードクイズ
カードをタップすると答えがめくれます。「覚えた」「まだ」に分けて、まだのカードだけくり返せます。
政治67問
中学受験で押さえておきたいポイント5つ
1建武の新政から南北朝の統一まで
建武の新政は、公家を重んじて武士の不満が高まったため、わずか2年ほどで失敗しました。年の順番を流れで覚えましょう。
- 鎌倉幕府の滅亡(1333年)
- 建武の新政(1334年)
- 南北朝の分裂(1336年)
- 南北朝の統一(1392年)
2北朝と南朝のちがい
約60年続いた争いを統一したのは3代将軍足利義満です。尊氏ではない点に注意しましょう。
北朝 南朝 場所 京都 吉野(奈良県) 立てた人 足利尊氏 後醍醐天皇 3将軍を助ける役職は「管領」
室町幕府で将軍を助けたのは管領で、細川・斯波・畠山の三つの家が交代で務めました。鎌倉幕府の執権(北条氏)と取りちがえないようにしましょう。
4将軍と業績はセットで
3代義満と8代義政の取りちがえがよく出ます。代の数とできごとを結びつけて覚えましょう。
- 足利尊氏(初代)
- 征夷大将軍になり室町幕府を開く(1338年)
- 足利義満(3代)
- 花の御所(1378年)・南北朝の統一(1392年)・勘合貿易(1404年)
- 足利義政(8代)
- あとつぎ争いが応仁の乱の原因に・銀閣
- 足利義昭(15代)
- 織田信長に追放され幕府がほろびる(1573年)
5応仁の乱から戦国時代へ
京都を戦場に11年間続いた乱のあと、下剋上が広まりました。山城の国一揆や加賀の一向一揆、北条早雲が下剋上の例です。
- 義政のあとつぎ争い+細川勝元と山名宗全の対立
- 応仁の乱(1467年)
- 幕府の力が弱まる
- 下剋上が広まる
- 戦国時代
名前をこたえる
1鎌倉幕府をたおして天皇中心の政治(建武の新政)を行った天皇です。足利尊氏にそむかれると吉野にのがれ、南朝を立てました。この天皇はだれでしょう。
2河内(大阪府)の武士で、後醍醐天皇に味方して鎌倉幕府軍と戦った武将です。建武の新政の後も天皇に忠義をつくし、湊川の戦いで足利尊氏に敗れて自害しました。この武将はだれでしょう。
3上野(群馬県)の武士で、後醍醐天皇に味方して鎌倉を攻め落とし、鎌倉幕府をほろぼした武将です。その後は足利尊氏と戦い続け、越前で戦死しました。この武将はだれでしょう。
4鎌倉幕府をたおすのに活やくしたあと後醍醐天皇にそむき、京都に北朝を立てて室町幕府を開いた初代将軍はだれでしょう。
5鎌倉幕府をたおした後醍醐天皇が、武士ではなく天皇が中心となる政治を始めました。しかし武士の不満が高まり、わずか2年ほどで失敗しました。この説明にあてはまるできごとを何といいますか。
6足利尊氏が、これから開く幕府の政治の方針を17か条にまとめて示したものです。これを室町幕府の始まりと考える教科書もあります。この説明にあてはまるものを何といいますか。
7京都の北朝と吉野の南朝、二つの朝廷が並び立って争った約60年間です。全国の武士も二つに分かれて戦い、室町幕府が成立したのもこの時期は何でしょう。
8足利尊氏が北朝の天皇から征夷大将軍に任じられ、京都に幕府を開きました。のちに3代将軍義満が京都の室町に御所を建てたので何と呼びますか。
9室町幕府の3代将軍です。南北朝を統一し、明との勘合貿易を始め、京都の北山に金閣を建てるなど、幕府の力がもっとも強かった時期の将軍はだれでしょう。
103代将軍足利義満が京都の室町に大きな○○を建て、幕府の政治を行いました。花がたくさん植えられていたので○○と呼ばれ、室町幕府の名の由来になりました。この説明にあてはまるものを何といいますか。
113代将軍足利義満のよびかけで、南朝の天皇が京都にもどり、約60年続いた○○の争いが終わりました。幕府の力がもっとも強くなった時期です。この説明にあてはまるできごとを何といいますか。
12一介の武士から伊豆・相模(神奈川県)を手に入れて戦国大名となり、小田原を本拠とする後北条氏の祖となった人物です。下剋上の代表とされます。この人物はだれでしょう。
13室町幕府の8代将軍です。あとつぎ争いが応仁の乱の原因になりました。乱の後は京都の東山に銀閣を建て、東山文化を生み出しました。この将軍はだれでしょう。
148代将軍足利義政の妻です。自分の子の義尚を将軍にしようとしたことが、応仁の乱の原因の一つになりました。この人物はだれでしょう。
15身分が下の者が、実力で上の者をたおして地位をうばう風潮のことです。応仁の乱の後に広まり、守護大名の家来が戦国大名になる例が多く見られました。この説明にあてはまる風潮を何といいますか。
168代将軍足利義政のあとつぎ争いに守護大名の対立が結びつき、京都を戦場にして11年間続いた戦乱です。京都は焼け野原になり、戦国時代が始まりました。この説明にあてはまるできごとを何といいますか。
17応仁の乱の後、幕府の力が弱まり、各地で戦国大名が領土をめぐって争った約100年間です。実力のある者が上の者をたおす下剋上の時代でした。この説明にあてはまる時代を何といいますか。
18○○(京都府南部)の国人(地元の武士)と農民が団結して、争いを続けていた守護の畠山氏の軍を追い出し、8年間にわたって自分たちで政治を行いました。このできごとを何といいますか。
19安芸(広島県)の小さな領主から中国地方のほとんどを支配する戦国大名になった人物です。3人の息子に協力を教えた「三本の矢」の話で知られます。この人物はだれでしょう。
20甲斐(山梨県)の戦国大名です。上杉謙信と川中島で戦ったことや、分国法の甲州法度之次第、洪水を防ぐ信玄堤をつくったことで知られます。この戦国大名はだれでしょう。
21駿河の今川氏が定めた○○や、武田氏の甲州法度之次第が有名です。戦国大名が自分の領国を治めるために独自に定めた法を何といいますか。
22越後(新潟県)の戦国大名です。武田信玄と川中島で何度も戦いました。義を重んじ、「越後の龍」と呼ばれた強い武将として知られます。この戦国大名はだれでしょう。
23尾張の戦国大名で、桶狭間の戦いで今川義元をやぶって台頭し、室町幕府をほろぼして天下統一を進めました。安土桃山時代の中心人物でもあります。この人物はだれでしょう。
24尾張の織田信長が、京都をめざして攻めてきた駿河の大大名今川義元を、少ない兵で急しゅうしてやぶりました。信長が天下統一へ進む出発点になった戦いです。この説明にあてはまるできごとを何といいますか。
25甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信が、信濃(長野県)の支配をめぐって○○で何度も戦いました。決着はつかず、戦国時代を代表するライバル対決として知られています。この説明にあてはまるできごとを何といいますか。
26織田○○は△△を連れて京都に入り、義昭を15代将軍にしました。○○は将軍の力を利用して天下統一を進めましたが、やがて義昭と対立します。この説明にあてはまるできごとは何でしょう。
27織田信長が対立していた15代将軍足利義昭を京都から追放し、約240年続いた○○はほろびました。この後、信長と秀吉が活やくする安土桃山時代が始まります。この説明にあてはまるできごとは何でしょう。
28足利尊氏が京都に新しい天皇を立てると、後醍醐天皇は奈良の吉野にのがれて、もう一つの朝廷を立てました。二つの朝廷が争う時代が始まったこのできごとは何でしょう。
29『源頼朝(鎌倉)・○○(室町)・徳川家康(江戸)=幕府を開いた3人』という特徴にあてはまる人物はだれでしょう。
30『北条政子(鎌倉)と○○(室町)=政治に影響力をもった将軍の妻』という特徴にあてはまる人物はだれでしょう。
31『例:○○(今川氏)・甲州法度之次第(武田氏)・朝倉孝景条々(朝倉氏)』という特徴にあてはまるできごとは何でしょう。
321573年、織田信長が、対立していた15代将軍足利義昭を京都から追放しました。約240年続いた武家の政権が終わった、このできごとは何でしょう。
年号をこたえる
33後醍醐天皇が年号を「建武」と改めて新しい政治を始めたのは何年でしょう。
1334年
建武の新政(1334年)。鎌倉幕府をたおした後醍醐天皇が、武士ではなく天皇が中心となる政治を始めました。ほかの年で習うこともあります(鎌倉幕府滅亡の1333年から始まるが、年号「建武」は1334年から)。ごろ合わせ: いざ見よ(1334)建武の新政
年表で見る34『建武式目』が起きたのは何年でしょう。
35『南北朝の分裂』が起きたのは何年でしょう。
1336年
南北朝の分裂(1336年)。足利尊氏が京都に新しい天皇(北朝)を立てると、後醍醐天皇は奈良の吉野にのがれて南朝を立てました。ごろ合わせ: いざ寒(1336)い吉野へ、南北朝に分かれる
年表で見る36足利尊氏が征夷大将軍に任命されたのは何年でしょう。
1338年
室町幕府の成立(1338年)。足利尊氏が北朝の天皇から征夷大将軍に任じられ、京都に幕府を開きました。ほかの年で習うこともあります(1336年(建武式目)を成立とする教科書もある)。ごろ合わせ: いざ都(1338)で幕府を開こう
年表で見る37『花の御所』が起きたのは何年でしょう。
38『南北朝の統一』が起きたのは何年でしょう。
39『応仁の乱』が起きたのは何年でしょう。
40『山城の国一揆』が起きたのは何年でしょう。
1485年
山城の国一揆(1485年)。山城(京都府南部)の国人(地元の武士)と農民が団結して、争いを続けていた守護の畠山氏の軍を追い出し、8年間にわたって自分たちで政治を行いました。ごろ合わせ: いよ(14)箱(85)を担いで山城の国一揆
年表で見る41『分国法の制定(今川仮名目録)』が起きたのは何年でしょう。
42『桶狭間の戦い』が起きたのは何年でしょう。
43『川中島の戦い』が起きたのは何年でしょう。
44『信長の入京(足利義昭を将軍に)』が起きたのは何年でしょう。
45『室町幕府の滅亡』が起きたのは何年でしょう。
原因と結果
46『建武の新政』の結果として起きたことは何でしょう。
47『建武式目』の結果として起きたことは何でしょう。
48『南北朝の分裂』の原因やきっかけになったできごとは何でしょう。
49『室町幕府の成立』の原因やきっかけになったできごとは何でしょう。
50『室町幕府の成立』の結果として起きたことは何でしょう。
51『花の御所』の原因やきっかけになったできごとは何でしょう。
52『南北朝の統一』の結果として起きたことは何でしょう。
53『下剋上』の原因やきっかけになったできごとは何でしょう。
54『下剋上』の結果として起きたことは何でしょう。
55『応仁の乱』の結果として起きたことは何でしょう。
56『戦国時代』の原因やきっかけになったできごとは何でしょう。
57『戦国時代』の結果として起きたことは何でしょう。
58『山城の国一揆』の原因やきっかけになったできごとは何でしょう。
59『桶狭間の戦い』の結果として起きたことは何でしょう。
60『信長の入京(足利義昭を将軍に)』の原因やきっかけになったできごとは何でしょう。
桶狭間の戦い
尾張の織田信長が、京都をめざして攻めてきた駿河の大大名今川義元を、少ない兵で急しゅうしてやぶりました。「桶狭間の戦い」が「信長の入京(足利義昭を将軍に)」のきっかけになりました。
年表で見る61『信長の入京(足利義昭を将軍に)』の結果として起きたことは何でしょう。
62『室町幕府の滅亡』の原因やきっかけになったできごとは何でしょう。
くらべて見分ける
63東軍と西軍のうち、大将が『細川勝元(管領)』なのはどちらでしょう。
64東軍と西軍のうち、支持したあとつぎが『初め義視→のち義尚』なのはどちらでしょう。
65東軍と西軍のうち、陣地が『室町の花の御所付近』なのはどちらでしょう。
66『鎌倉幕府』の開いた人は何でしょう。
67『鎌倉幕府』の最後の将軍は何でしょう。
外交・世界11問
中学受験で押さえておきたいポイント5つ
1勘合は倭寇と区別するため
勘合貿易の相手は「明」で、始めたのは足利義満です。勘合という合い札で、正式な貿易船と倭寇を区別しました。
- 倭寇が朝鮮・中国の沿岸をおそう
- 明が取りしまりを求める
- 義満が明へ使いを送る(1401年)
- 勘合貿易が始まる(1404年)
2勘合貿易で行き来した品物
明から輸入した明銭は日本国内で広く使われ、商業の発達をうながしました。
日本輸出:銅・硫黄・刀剣・扇輸入:明銭(永楽通宝)・生糸・絹織物明3琉球王国は中継貿易で栄えた
1429年、尚巴志が三山(北山・中山・南山)を統一して琉球王国をつくり、首里を都にしました。明・日本・朝鮮・東南アジアを結ぶ中継貿易で栄えました。
4鉄砲とキリスト教の伝来をくらべる
鉄砲を伝えたのはポルトガル人、キリスト教を伝えたザビエルはスペイン人の宣教師です。どちらも南蛮貿易のきっかけになりました。
鉄砲伝来 キリスト教伝来 年 1543年 1549年 場所 種子島(鹿児島県) 鹿児島 伝えた人 ポルトガル人 フランシスコ・ザビエル(イエズス会) 5鉄砲が戦い方を変えた
鉄砲はすぐに国内で作られるようになり、戦い方や城のつくりを大きく変えました。
- 鉄砲伝来(1543年)
- 堺・国友などで大量に作られる
- 足軽の鉄砲隊による集団戦が中心に
- 城も石垣や堀を大きくする
名前をこたえる
68朝鮮半島や中国の沿岸をおそった海賊集団のことです。明が取りしまりを求めたことが、足利義満の勘合貿易のきっかけになりました。この説明にあてはまる海賊集団を何といいますか。
69沖縄本島の三つの勢力(三山)を統一して1429年に琉球王国をつくった王です。首里を都として、明や日本、東南アジアとの中継貿易で国を栄えさせました。この人物はだれでしょう。
70足利義満が中国の明と国交を開き、貿易を始めました。倭寇と区別するため、勘合という合い札を使ったので何と呼ばれますか。
71沖縄で三つに分かれていた勢力を尚巴志が統一し、○○が成立しました。首里を都とし、日本・明・朝鮮・東南アジアを結ぶ中継貿易で栄えました。この説明にあてはまるできごとは何でしょう。
72種子島に流れ着いた中国船に乗っていたポルトガル人が、日本に初めて鉄砲を伝えました。鉄砲はすぐに国内で作られるようになり、戦い方や城のつくりを大きく変えました。この説明にあてはまるできごとを何といいますか。
年号をこたえる
73勘合を使った貿易が始まったのは何年でしょう。
1404年
勘合貿易の開始(1404年)。足利義満が中国の明と国交を開き、貿易を始めました。ほかの年で習うこともあります(1401年に義満が明へ使いを送り、1404年から勘合を用いた貿易が始まった)。ごろ合わせ: 意思を(1404)示す勘合の合い札
年表で見る74『琉球王国の成立』が起きたのは何年でしょう。
75日本の記録で、ポルトガル人が種子島に鉄砲を伝えたとされるのは何年でしょう。
1543年
鉄砲伝来(1543年)。種子島に流れ着いた中国船に乗っていたポルトガル人が、日本に初めて鉄砲を伝えました。ほかの年で習うこともあります(外国の資料では1542年とする説もある)。ごろ合わせ: 以後(15)よさ(43)んか鉄砲
年表で見る
原因と結果
76『倭寇』の結果として起きたことは何でしょう。
77『勘合貿易の開始』の原因やきっかけになったできごとは何でしょう。
78『鉄砲伝来』の結果として起きたことは何でしょう。
文化・くらし49問
中学受験で押さえておきたいポイント5つ
1北山文化と東山文化のちがい
2つの文化の対比はとてもよく出ます。金閣は義満、銀閣は義政と、取りちがえないようにしましょう。
北山文化 東山文化 将軍 3代 足利義満 8代 足利義政 代表建築 金閣(鹿苑寺) 銀閣(慈照寺)・東求堂同仁斎 特色 華やか、公家+武家+禅宗 簡素・わび、禅宗の影響が強い 芸能・芸術 能(観阿弥・世阿弥) 水墨画(雪舟)・書院造・枯山水 2人物と作品をセットで
雪舟は東山文化の画家で、北山文化ではありません。人物がどちらの文化かもあわせて覚えましょう。
- 観阿弥・世阿弥
- 能を大成(足利義満が保護)
- 世阿弥
- 『風姿花伝』を書く
- 雪舟
- 水墨画を完成(秋冬山水図・天橋立図)
- 宗祇
- 連歌を高め『新撰菟玖波集』を編集
3書院造は今の和室のもと
足利義政の東求堂同仁斎が書院造の代表で、たたみ・ふすま・障子・床の間・ちがい棚をそなえています。平安時代の貴族の住まいである寝殿造と区別しましょう。
4能と狂言のちがい
能は面をつけ、うたいと舞でまじめな物語を演じる劇です。狂言は能の合間に、せりふ中心でこっけいに演じる劇です。
5一揆は3つを区別する
農民が団結できた背景には、惣という村の自治組織の発達がありました。中心となった人と目的のちがいを押さえましょう。
正長の土一揆 山城の国一揆 加賀の一向一揆 年 1428年 1485年 1488年 中心 近江の馬借・農民 国人(地元の武士)・農民 一向宗(浄土真宗)の信者 目的・結果 徳政(借金の帳消し)を要求 守護畠山氏を追い出し8年間自治 守護富樫氏をたおし約100年自治
名前をこたえる
79大和(奈良県)の猿楽の役者で、世阿弥の父です。足利義満に認められ、息子の世阿弥とともに猿楽を能という芸術に高めました。この人物はだれでしょう。
80観阿弥の子で、父とともに能を大成した人物です。多くの能の脚本を書き、能の理論を『風姿花伝』にまとめました。この人物はだれでしょう。
813代将軍足利義満のころに栄えた、公家の文化と武家の文化が合わさった華やかな文化です。金閣や、観阿弥・世阿弥が大成した能が代表は何でしょう。
823代将軍足利義満が京都の北山に建てた、金ぱくでおおわれた3階建ての建物です。公家風の寝殿造と禅宗の様式が合わさった北山文化の代表は何でしょう。
83能の合間に演じられる、せりふ中心のこっけいな劇です。当時の話し言葉で庶民の暮らしをおもしろく描き、大名や僧をからかう内容もあります。この説明にあてはまる劇を何といいますか。
84面をつけた役者が、うたいと舞で物語を演じる日本の古典劇です。庶民の芸能だった猿楽を、観阿弥・世阿弥の親子が足利義満の保護のもとで芸術に高めました。この説明にあてはまる古典劇を何といいますか。
85室町時代の禅宗の僧で、明にわたって絵を学び、日本の水墨画を完成させた画家です。「秋冬山水図」「天橋立図」などの作品があります。この画家はだれでしょう。
86近江の馬借が中心となって、借金の帳消し(徳政)を求める一揆を起こしました。農民が団結して起こした最初の大きな○○です。この説明にあてはまるできごとを何といいますか。
87室町時代に作られた絵入りの短い物語です。「一寸法師」「浦島太郎」「ものぐさ太郎」など、庶民を主人公にした親しみやすい話が多く、今も昔話として伝わっています。この説明にあてはまる物語を何といいますか。
888代将軍足利義政のころに栄えた、禅宗の影響を受けた簡素で落ち着いた文化です。銀閣や書院造、雪舟の水墨画、枯山水の庭が代表は何でしょう。
89足利義政が銀閣と同じ敷地に建てた東求堂の中にある、四畳半の書斎です。たたみ・ふすま・障子・床の間・ちがい棚をそなえた○○の代表で、今の和室のもとになりました。この説明にあてはまる書斎を何といいますか。
90○○(石川県)で一向宗(浄土真宗)の信者たちが守護大名の富樫氏をたおし、その後約100年にわたって自分たちで国を治めました。「百姓の持ちたる国」と呼ばれました。この説明にあてはまるできごとを何といいますか。
918代将軍足利義政が京都の東山に建てた2階建ての建物です。金閣とちがって銀ぱくは貼られておらず、簡素で落ち着いた東山文化の代表です。この説明にあてはまる建物を何といいますか。
92雪舟が描いた水墨画の代表作で、秋と冬の山の景色を2枚で表しています。力強い線で岩や山を描いた、日本の水墨画の完成を示す作品は何でしょう。
93和歌の上の句(五・七・五)と下の句(七・七)を何人かで交互によんでつなげていく文芸です。室町時代に武士や庶民の間で大流行し、宗祇が芸術として高めました。この説明にあてはまる文芸を何といいますか。
94京都の竜安寺にある、白い砂と15個の石だけで山や水を表した庭です。水を使わずに自然を表す○○の代表で、禅宗の影響を受けた東山文化の庭です。この説明にあてはまる庭を何といいますか。
95雪舟が80歳を過ぎてから、京都府の天橋立を実際に見て描いた水墨画です。実在の風景を細かく写した作品で、日本の水墨画の代表作の一つです。この説明にあてはまる水墨画を何といいますか。
96スペイン出身のイエズス会の宣教師で、1549年に鹿児島に上陸し、日本に初めてキリスト教を伝えました。約2年間、九州や山口、京都などで布教しました。この人物はだれでしょう。
97スペインの宣教師フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸し、日本に初めてキリスト教を伝えました。九州の大名の中には信者になる者(キリシタン大名)も現れました。この説明にあてはまるできごとを何といいますか。
98織田信長が、敵対する大名に味方した比叡山○○を攻めて焼き払いました。信長は自分に従わない仏教勢力をきびしく攻めた一方、キリスト教は保護しました。この説明にあてはまるできごとを何といいますか。
99『金閣(鹿苑寺)』をつくった人物はだれでしょう。
100『東求堂同仁斎(書院造)』をつくった人物はだれでしょう。
101『銀閣(慈照寺)』をつくった人物はだれでしょう。
102『秋冬山水図』をつくった人物はだれでしょう。
103『天橋立図』をつくった人物はだれでしょう。
104『○○(父)と世阿弥(子)で能を大成、保護者は足利義満』という特徴にあてはまる人物はだれでしょう。
105『農民が団結して起こした最初の大規模な○○、中心は近江の馬借』という特徴にあてはまるできごとは何でしょう。
1063代将軍足利義満のころに栄えた、公家と武家の文化が合わさった華やかな文化です。金閣や、観阿弥・世阿弥が大成した能が代表です。この説明にあてはまる文化を何といいますか。
107銀閣と同じ敷地のお堂にある、足利義政の四畳半の書斎です。たたみ・ふすま・障子・床の間・ちがい棚をそなえ、今の和室のもとになりました。この説明にあてはまる書斎を何といいますか。
108雪舟が、秋と冬の山の景色を2枚に分けて描いた水墨画で、国宝になっている作品は何でしょう。
1091571年、織田信長は、敵対する大名に味方した比叡山の寺を攻めました。信長が自分に従わない仏教勢力をきびしく攻めたことを示す、このできごとは何でしょう。
年号をこたえる
110『正長の土一揆』が起きたのは何年でしょう。
111『東求堂同仁斎(書院造)』がつくられたのは何年でしょう。
112『加賀の一向一揆』が起きたのは何年でしょう。
1488年
加賀の一向一揆(1488年)。加賀(石川県)で一向宗(浄土真宗)の信者たちが守護大名の富樫氏をたおし、その後約100年にわたって自分たちで国を治めました。ごろ合わせ: 人よ(14)母(88)も参加、加賀の一向一揆
年表で見る113『連歌(新撰菟玖波集)』がつくられたのは何年でしょう。
114『キリスト教伝来』が起きたのは何年でしょう。
115『延暦寺の焼き討ち』が起きたのは何年でしょう。
原因と結果
116『東山文化』の原因やきっかけになったできごとは何でしょう。
117『加賀の一向一揆』の原因やきっかけになったできごとは何でしょう。
118『キリスト教伝来』の原因やきっかけになったできごとは何でしょう。
119『延暦寺の焼き討ち』の原因やきっかけになったできごとは何でしょう。
くらべて見分ける
120北山文化と東山文化のうち、特色が『華やか、公家+武家+禅宗』なのはどちらでしょう。
121北山文化と東山文化のうち、芸能・芸術が『能(観阿弥・世阿弥)』なのはどちらでしょう。
122金閣と銀閣のうち、文化が『北山文化(華やか)』なのはどちらでしょう。
123金閣と銀閣のうち、階数・特ちょうが『3階建て、金ぱく』なのはどちらでしょう。
124能と狂言のうち、内容が『歴史や伝説をうたいと舞で演じる(まじめ)』なのはどちらでしょう。
125『正長の土一揆』の中心は何でしょう。
126『正長の土一揆』の目的・結果は何でしょう。
徳政(借金帳消し)を要求
『正長の土一揆』の目的・結果は徳政(借金帳消し)を要求です。ほかは山城の国一揆が守護畠山氏を追い出し8年間自治、加賀の一向一揆が守護富樫氏をたおし約100年自治です。
年表で見る127寝殿造と書院造のうち、特ちょうが『板じき、庭に池、寝殿を中心に渡り廊下』なのはどちらでしょう。
室町時代の読みもの
まぎらわしい用語のちがいを、表と図でくらべて読めます。