鎌倉時代の文化(鎌倉新仏教・鎌倉文化)

鎌倉時代の文化は、鎌倉新仏教・鎌倉文化です。鎌倉時代に生まれた、念仏・題目・座禅など一つの簡単な修行でだれでも救われると説く新しい仏教です。武士の気風を反映した、力強く写実的な文化です。

2026/09/19 更新・ふりがなつき

鎌倉時代の文化の特色

鎌倉新仏教

鎌倉時代かまくらじだいに生まれた、念仏ねんぶつ・題目だいもく・座禅ざぜんなど一つの簡単な修行しゅぎょうでだれでも救われると説く新しい仏教ぶっきょうです。浄土宗じょうどしゅう・浄土真宗じょうどしんしゅう・時宗・日蓮宗にちれんしゅう・臨済宗りんざいしゅう・曹洞宗そうとうしゅうの6つの宗派しゅうはがあります。

平安時代へいあんじだいの仏教ぶっきょうは貴族きぞくのためのもので、難しい教えや厳しい修行しゅぎょうが必要でした。しかし戦乱や災害が続いて世の中の不安が高まると、武士ぶしや民衆みんしゅうにも分かりやすい教えが求められるようになりました。法然ほうねんは念仏ねんぶつを唱えるだけで救われると説いて浄土宗じょうどしゅうを開き、弟子でしの親鸞しんらんは浄土真宗じょうどしんしゅうを、一遍いっぺんは踊念仏おどりねんぶつの時宗を広めました。日蓮にちれんは法華経の題目だいもくを唱える日蓮宗にちれんしゅうを開きました。また栄西えいさいと道元どうげんは宋そうから座禅ざぜんによってさとりを開く禅宗ぜんしゅう(臨済宗りんざいしゅう・曹洞宗そうとうしゅう)を伝え、禅宗ぜんしゅうは武士ぶしの間に広まりました。これらの宗派しゅうはは旧仏教ぶっきょうから弾圧を受けながらも、それぞれ武士ぶし・民衆みんしゅうに広く受け入れられました。

宗派しゅうは開祖かいそ教え・修行しゅぎょう中心寺院じいん
浄土宗じょうどしゅう法然ほうねん念仏ねんぶつ(南無阿弥陀仏なむあみだぶつ)を唱える知恩院ちおんいん(京都きょうと)
浄土真宗じょうどしんしゅう親鸞しんらん阿弥陀仏あみだぶつを信じる心・悪人正機あくにんしょうき本願寺ほんがんじ(京都きょうと)
時宗一遍いっぺん踊念仏おどりねんぶつ、全国を歩いて布教ふきょう清浄光寺しょうじょうこうじ(神奈川)
日蓮宗にちれんしゅう日蓮にちれん題目だいもく(南無妙法蓮華経なむみょうほうれんげきょう)を唱える久遠寺くおんじ(山梨)
臨済宗りんざいしゅう栄西えいさい座禅ざぜんと公案こうあん(問答もんどう)建仁寺けんにんじ(京都きょうと)
曹洞宗そうとうしゅう道元どうげん只管打坐しかんたざ(ひたすら座禅ざぜん)永平寺えいへいじ(福井)
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  • 6宗しゅうの開祖かいそ・宗派しゅうは・教え・中心寺院じいんの組み合わせは最頻出。表で覚える
  • 共通点:一つの簡単な修行しゅぎょうでだれでも救われる(易行いぎょう)。民衆みんしゅう・武士ぶしに広まった
  • 禅宗ぜんしゅうは幕府ばくふ(北条氏ほうじょうし)の保護を受けて武士ぶしに広まり、建長寺けんちょうじ・円覚寺えんがくじが建てられた
  • 平安へいあん仏教ぶっきょう(最澄さいちょうの天台宗てんだいしゅう・空海くうかいの真言宗しんごんしゅう)と混同しない

鎌倉文化

武士ぶしの気風を反映した、力強く写実的な文化です。金剛力士像こんごうりきしぞうなどの彫刻ちょうこく、『平家物語へいけものがたり』などの軍記物語ぐんきものがたり、宋そうから伝わった禅宗ぜんしゅうや新しい建築様式が特徴です。

鎌倉時代かまくらじだいには、政治の実権じっけんをにぎった武士ぶしの力強く素朴な気風を反映した文化が生まれました。彫刻ちょうこくでは運慶うんけい・快慶かいけいらの金剛力士像こんごうりきしぞうのように写実的で力強い作品がつくられ、絵画では似絵や『蒙古襲来絵詞もうこしゅうらいえことば』などの絵巻物えまきものが発達しました。文学では『平家物語へいけものがたり』のような軍記物語ぐんきものがたりが生まれて琵琶法師びわほうしによって語られ、『方丈記ほうじょうき』『徒然草つれづれぐさ』などの随筆ずいひつも書かれました。一方で朝廷ちょうていの貴族きぞくは『新古今和歌集しんこきんわかしゅう』を編集するなど伝統文化を守りました。また宋そうとの交流によって禅宗ぜんしゅうや大仏様だいぶつよう・禅宗様ぜんしゅうようの建築、茶などが伝わり、民衆みんしゅうにも分かりやすい鎌倉新仏教かまくらしんぶっきょうが広まりました。

分野作品作者・関係人物
彫刻ちょうこく東大寺南大門とうだいじなんだいもんの金剛力士像こんごうりきしぞう運慶うんけい・快慶かいけい
建築東大寺南大門とうだいじなんだいもん(大仏様だいぶつよう)、円覚寺えんがくじ舎利殿しゃりでん(禅宗様ぜんしゅうよう)重源ちょうげん/北条時宗ほうじょうときむね
軍記物語ぐんきものがたり平家物語へいけものがたり作者不明(琵琶法師びわほうしが語る)
随筆ずいひつ方丈記ほうじょうき/徒然草つれづれぐさ鴨長明かものちょうめい/吉田兼好よしだけんこう
和歌わか新古今和歌集しんこきんわかしゅう後鳥羽上皇ごとばじょうこうの命・藤原定家ふじわらのていから
絵画蒙古襲来絵詞もうこしゅうらいえことば、似絵竹崎季長たけざきすえなが/藤原隆信ふじわらのたかのぶ
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  • 特徴:武士ぶしの気風を反映して力強く写実的。宋そうの影響(禅宗ぜんしゅう・大仏様だいぶつよう・禅宗様ぜんしゅうよう)
  • 彫刻ちょうこく=金剛力士像こんごうりきしぞう(運慶うんけい・快慶かいけい)、文学=平家物語へいけものがたり・方丈記ほうじょうき・徒然草つれづれぐさ・新古今和歌集しんこきんわかしゅう
  • 国風文化こくふうぶんか(平安へいあん・貴族きぞく・優雅)や北山・東山文化ひがしやまぶんか(室町むろまち)とのちがいを説明できるようにする

代表的な作品・建物

  • 東大寺南大門・金剛力士像

    とうだいじなんだいもん・こんごうりきしぞう

    平氏へいしに焼かれた東大寺とうだいじを復興するとき建てられた南大門なんだいもんと、その両わきに立つ金剛力士像こんごうりきしぞうです。運慶うんけい・快慶かいけいらがつくった高さ約8mの像で、鎌倉かまくら彫刻ちょうこくの力強さを代表します。

    関係する人物: 運慶うんけい

    • 作者は運慶うんけい・快慶かいけいら。写実的で力強い鎌倉かまくら彫刻ちょうこくの代表
    • 南大門なんだいもんの建築様式は大仏様だいぶつよう(天竺様てんじくよう)。円覚寺えんがくじ舎利殿しゃりでんの禅宗様ぜんしゅうよう(唐様からよう)と区別する
    • 東大寺とうだいじの焼き打ち(平重衡)→重源ちょうげんが復興→南大門なんだいもん・金剛力士像こんごうりきしぞうという流れ
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  • 新古今和歌集

    しんこきんわかしゅう

    後鳥羽上皇ごとばじょうこうの命令めいれいで、藤原定家ふじわらのていからが編集した和歌集わかしゅうです。約2000首を集め、技巧をこらした優美な歌風が特徴で、勅撰和歌集ちょくせんわかしゅうの中でも高く評価されています。

    関係する人物: 後鳥羽上皇ごとばじょうこう

    • 命じたのは後鳥羽上皇ごとばじょうこう、編集したのは藤原定家ふじわらのていから
    • 万葉集まんようしゅう・古今和歌集こきんわかしゅう・新古今和歌集しんこきんわかしゅうの時代と編者を区別する
    • 貴族きぞくの文化が鎌倉時代かまくらじだいにも続いていたことの例
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  • 方丈記

    ほうじょうき

    鴨長明かものちょうめいが書いた随筆ずいひつです。「ゆく河の流れは絶えずして」の書き出しで知られ、大火や地震などの災害を体験した作者が、世の中のはかなさをつづりました。

    • 作者は鴨長明かものちょうめい。随筆ずいひつ。書き出し「ゆく河の流れは絶えずして」
    • 三大随筆:枕草子まくらのそうし(清少納言せいしょうなごん・平安へいあん)、方丈記ほうじょうき(鴨長明かものちょうめい・鎌倉かまくら)、徒然草つれづれぐさ(吉田兼好よしだけんこう・鎌倉かまくら末)
    • 当時の災害(大火・地震・飢饉)の記録としても価値がある
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  • 平家物語

    へいけものがたり

    平氏へいしの栄えと滅びを描いた軍記物語ぐんきものがたりです。「祇園精舎ぎおんしょうじゃの鐘の声」の書き出しで知られ、琵琶法師びわほうしが琵琶びわをひきながら語り広めたので、文字の読めない人々にも親しまれました。

    関係する人物: 源義経みなもとのよしつね

    • 軍記物語ぐんきものがたりの代表。琵琶法師びわほうしが語り広めた(平曲へいきょく)
    • 書き出し「祇園精舎ぎおんしょうじゃの鐘の声、諸行無常しょぎょうむじょうの響きあり」と無常観むじょうかん
    • 同じ鎌倉時代かまくらじだいの随筆ずいひつ『方丈記ほうじょうき』『徒然草つれづれぐさ』とジャンルを区別する
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  • 蒙古襲来絵詞

    もうこしゅうらいえことば

    肥後ひご国(熊本県)の御家人ごけにん竹崎季長たけざきすえながが、元寇げんこうでの自分の活躍を描かせた絵巻物えまきものです。てつはうが爆発する場面や元げん軍の集団戦法など、当時の戦いの様子が分かる貴重な資料です。

    関係する人物: 北条時宗ほうじょうときむね

    • 描かせたのは肥後ひごの御家人ごけにん竹崎季長たけざきすえなが。目的は自分の手柄を記録すること
    • 資料問題:てつはう(火薬かやくの武器)、集団戦法、防塁ぼうるい、一騎打ちの武士ぶしを読み取る
    • 季長が鎌倉かまくらまで恩賞おんしょうをうったえに行った話は、御家人ごけにんの恩賞不足の例として出題される
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  • 徒然草

    つれづれぐさ

    吉田兼好よしだけんこう(兼好法師けんこうほうし)が書いた随筆ずいひつです。「つれづれなるままに」の書き出しで知られ、人生や自然、世の中のできごとについての考えを自由につづりました。

    • 作者は吉田兼好よしだけんこう(兼好法師けんこうほうし)。随筆ずいひつ。書き出し「つれづれなるままに」
    • 成立せいりつは鎌倉時代かまくらじだいの終わりごろ。方丈記ほうじょうき(1212)より約120年後
    • 三大随筆の作者・時代・書き出しをセットで覚える
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  • 鎌倉大仏(高徳院)

    かまくらだいぶつ(こうとくいん)

    鎌倉かまくらの高徳院こうとくいんにある高さ約11mの銅づくりの阿弥陀如来あみだにょらい像です。1252年に鋳造が始められました。もとは大仏殿だいぶつでんの中にありましたが、地震や津波で建物が失われ、今は屋外に座っています。

    • 鎌倉かまくらの高徳院こうとくいんにある阿弥陀如来あみだにょらい像。大仏殿だいぶつでんがなく屋外にある理由(地震・津波)
    • 奈良ならの大仏だいぶつ(東大寺とうだいじ・盧舎那仏るしゃなぶつ・聖武天皇しょうむてんのう)との比較
    • 阿弥陀如来あみだにょらい=浄土教じょうどきょうの仏ほとけ。鎌倉時代かまくらじだいに念仏ねんぶつの教えが広まったことと関連
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  • 円覚寺

    えんがくじ

    1282年、8代執権しっけん北条時宗ほうじょうときむねが、宋そうから招いた僧そう無学祖元むがくそげんを開山として鎌倉かまくらに建てた臨済宗りんざいしゅうの寺です。元寇げんこうの戦死者をとむらう目的もありました。舎利殿しゃりでんは禅宗様ぜんしゅうようの建築として知られます。

    関係する人物: 北条時宗ほうじょうときむね

    • 建てたのは北条時宗ほうじょうときむね、開山は無学祖元むがくそげん。臨済宗りんざいしゅう(禅宗ぜんしゅう)
    • 舎利殿しゃりでんは禅宗様ぜんしゅうよう(唐様からよう)。東大寺南大門とうだいじなんだいもんの大仏様だいぶつよう(天竺様てんじくよう)と建築様式を区別する
    • 建長寺けんちょうじ(北条時頼ほうじょうときより・蘭渓道隆)と円覚寺えんがくじ(北条時宗ほうじょうときむね・無学祖元むがくそげん)の組み合わせ
    年表で見る読みもの: 鎌倉新仏教6宗のちがい(浄土宗と浄土真宗・臨済宗と曹洞宗)

文化をになった人物

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確認問題

答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。

  1. Q1鎌倉時代かまくらじだいに生まれた、念仏ねんぶつ・題目だいもく・座禅ざぜんなど一つの簡単な修行しゅぎょうでだれでも救われると説く新しい仏教ぶっきょうです。浄土宗じょうどしゅう・浄土真宗じょうどしんしゅう・時宗・日蓮宗にちれんしゅう・臨済宗りんざいしゅう・曹洞宗そうとうしゅうの6つの宗派しゅうはがあります。この説明にあてはまる仏教ぶっきょうを何といいますか。

    鎌倉新仏教かまくらしんぶっきょう

    平安時代へいあんじだいの仏教ぶっきょうは貴族きぞくのためのもので、難しい教えや厳しい修行しゅぎょうが必要でした。

  2. Q2武士ぶしの気風を反映した、力強く写実的な文化です。金剛力士像こんごうりきしぞうなどの彫刻ちょうこく、『平家物語へいけものがたり』などの軍記物語ぐんきものがたり、宋そうから伝わった禅宗ぜんしゅうや新しい建築様式が特徴は何でしょう。

    鎌倉文化かまくらぶんか

    鎌倉時代かまくらじだいには、政治の実権じっけんをにぎった武士ぶしの力強く素朴な気風を反映した文化が生まれました。

  3. Q3平氏へいしに焼かれた東大寺とうだいじを復興するとき建てられた南大門なんだいもんと、その両わきに立つ○○です。運慶うんけい・快慶かいけいらがつくった高さ約8mの像で、鎌倉かまくら彫刻ちょうこくの力強さを代表します。この説明にあてはまる像を何といいますか。

    東大寺南大門とうだいじなんだいもん・金剛力士像こんごうりきしぞう

    1180年、平清盛たいらのきよもりの子重衡が奈良ならを攻めた際、東大寺とうだいじや興福寺こうふくじは焼き払われました。

  4. Q4後鳥羽上皇ごとばじょうこうの命令めいれいで、藤原定家ふじわらのていからが編集した和歌集わかしゅうです。約2000首を集め、技巧をこらした優美な歌風が特徴で、勅撰和歌集ちょくせんわかしゅうの中でも高く評価されています。この説明にあてはまる和歌集わかしゅうを何といいますか。

    新古今和歌集しんこきんわかしゅう

    1205年、後鳥羽上皇ごとばじょうこうの命令めいれいによって藤原定家ふじわらのていか・藤原家隆らが編集した8番目の勅撰和歌集ちょくせんわかしゅうで、約2000首の歌を収めています。

  5. Q5『三大随筆:枕草子まくらのそうし(清少納言せいしょうなごん・平安へいあん)、○○(鴨長明かものちょうめい・鎌倉かまくら)、徒然草つれづれぐさ(吉田兼好よしだけんこう・鎌倉かまくら末)』という特徴にあてはまる随筆ずいひつは何でしょう。

    方丈記ほうじょうき

    鴨長明かものちょうめいが書いた随筆ずいひつです。

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