奈良時代の文化(天平文化)

奈良時代の文化は、天平文化です。聖武天皇のころ、平城京を中心に栄えた文化です。

2026/09/19 更新・ふりがなつき

奈良時代の文化の特色

天平文化

聖武天皇しょうむてんのうのころ、平城京へいじょうきょうを中心に栄えた文化です。遣唐使けんとうしがもたらした唐とうの文化の影響が強く、仏教ぶっきょうと結びついた国際色ゆたかな文化です。

天平文化てんぴょうぶんかは、聖武天皇しょうむてんのうの年号「天平」からその名がついた、奈良時代ならじだいの文化です。遣唐使けんとうしを通じて唐とうの文化がさかんに取り入れられ、さらにシルクロードを通ってインドや西アジアの文化も伝わったため、国際色ゆたかな文化になりました。また聖武天皇しょうむてんのうが仏教ぶっきょうで国を守ろうとしたため、東大寺とうだいじの大仏だいぶつ、唐招提寺とうしょうだいじ、興福寺こうふくじの阿修羅像など、仏教ぶっきょうに関わる建物や仏像ぶつぞうが多くつくられました。文学では古事記こじき・日本書紀にほんしょき・風土記ふどき・万葉集まんようしゅうがまとめられ、正倉院しょうそういんには天皇てんのうの宝物ほうもつが今も残されています。

  • 天平文化てんぴょうぶんかの3つの特色:①聖武天皇しょうむてんのうのころ ②仏教ぶっきょう中心 ③唐とうやシルクロードの影響で国際色ゆたか
  • 代表:東大寺とうだいじ大仏だいぶつ・正倉院しょうそういん・唐招提寺とうしょうだいじ・興福寺阿修羅像こうふくじあしゅらぞう・万葉集まんようしゅう・古事記こじき・日本書紀にほんしょき・風土記ふどき
  • 飛鳥文化あすかぶんか(法隆寺ほうりゅうじ・仏教伝来直後)、国風文化こくふうぶんか(平安中期・日本風)との違い
  • 正倉院しょうそういんの宝物ほうもつはシルクロードを通って伝わった品も多く「シルクロードの終着点」とよばれる

代表的な作品・建物

  • 東大寺の大仏(盧舎那仏)

    とうだいじのだいぶつ(るしゃなぶつ)

    聖武天皇しょうむてんのうの命令めいれいでつくられた、高さ約15メートルの銅どうの大仏だいぶつです。のべ260万人が働いたといわれ、天平文化てんぴょうぶんかを代表する仏像ぶつぞうです。

    関係する人物: 聖武天皇しょうむてんのう・行基ぎょうき

    • 東大寺とうだいじ大仏だいぶつ=聖武天皇しょうむてんのうの命令めいれい・行基ぎょうきの協力・752年開眼かいげん・盧舎那仏るしゃなぶつ
    • 大仏だいぶつづくりの目的=仏教ぶっきょうの力で国を守る(鎮護国家ちんごこっか)
    • 2度焼け落ち、現在の大仏だいぶつの頭部は江戸時代えどじだいのもの
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  • 正倉院

    しょうそういん

    東大寺とうだいじにある宝物庫ほうもつこで、聖武天皇しょうむてんのうの遺品など約9000点の宝物ほうもつが納められています。三角形の木材を組んだ校倉造あぜくらづくりの建物です。

    関係する人物: 聖武天皇しょうむてんのう・光明皇后こうみょうこうごう

    • 正倉院しょうそういん=東大寺とうだいじの宝物庫ほうもつこ・校倉造あぜくらづくり・聖武天皇しょうむてんのうの遺品を光明皇后こうみょうこうごうが納めた
    • シルクロードを通って伝わった品(ガラスの器・五絃琵琶ごげんびわなど)→天平文化てんぴょうぶんかの国際色
    • 校倉造あぜくらづくり=三角形の木材を組んだ高床の建て方
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  • 唐招提寺

    とうしょうだいじ

    鑑真がんじんが平城京へいじょうきょうに開いた寺です。金堂こんどうは奈良時代ならじだいの建物がそのまま残る貴重なもので、目を閉じた鑑真和上像がんじんわじょうぞうが納められています。

    関係する人物: 鑑真がんじん

    • 唐招提寺とうしょうだいじ=鑑真がんじんが759年に建てた寺・奈良時代ならじだいの金堂こんどうが現存
    • 鑑真和上像がんじんわじょうぞう=日本最古の肖像彫刻(目を閉じている)
    • 東大寺とうだいじ(聖武天皇しょうむてんのう・大仏だいぶつ)と唐招提寺とうしょうだいじ(鑑真がんじん・戒律かいりつ)の区別
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  • 万葉集

    まんようしゅう

    日本で最も古い和歌集わかしゅうで、約4500首を収めています。天皇てんのうや貴族きぞくだけでなく、農民のうみんや防人さきもりの歌もあり、万葉がなで書かれています。

    関係する人物: 大伴家持おおとものやかもち

    • 万葉集まんようしゅう=日本最古の和歌集わかしゅう・大伴家持おおとものやかもちらが編さん・万葉がな
    • 作者の身分が幅広い(天皇てんのう〜農民のうみん・防人さきもり)のが特色
    • 山上憶良やまのうえのおくら「貧窮問答歌」→農民のうみんの重い負担がわかる
    年表で見る読みもの: 古事記と日本書紀のちがい
  • 興福寺阿修羅像

    こうふくじあしゅらぞう

    藤原氏ふじわらしの寺である興福寺こうふくじにある、3つの顔と6本の腕をもつ少年のような姿の仏像ぶつぞうです。麻布とうるしでつくる乾漆造かんしつづくりで、天平文化てんぴょうぶんかを代表する彫刻ちょうこくです。

    関係する人物: 光明皇后こうみょうこうごう

    • 興福寺阿修羅像こうふくじあしゅらぞう=天平文化てんぴょうぶんかの彫刻ちょうこく・3つの顔と6本の腕・乾漆造かんしつづくり
    • 興福寺こうふくじは藤原氏ふじわらしの氏寺うじでら(藤原不比等ふじわらのふひとが平城京へいじょうきょうに移した)
    • 天平の仏像ぶつぞうの技法:乾漆造かんしつづくり(阿修羅像)・塑造そぞう(東大寺法華堂の執金剛神像しゅこんごうしんぞうなど)
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古事記と日本書紀のちがい

古事記こじき日本書紀にほんしょき
完成かんせい年712年720年
中心人物太安万侶おおのやすまろ(稗田阿礼ひえだのあれ)舎人親王とねりしんのう
書き方日本語風の文漢文かんぶん・年代順(編年体へんねんたい)
特色神話・物語が中心国の正式な歴史書
年表で「古事記の完成」を見る

行基と鑑真

行基ぎょうき鑑真がんじん
出身日本(河内かわち)唐とう(中国)
おもな働き民衆みんしゅうに布教ふきょう・橋や池をつくる・大仏だいぶつづくりに協力戒律かいりつを伝える・唐招提寺とうしょうだいじを建てる
関係する寺東大寺とうだいじ(大仏だいぶつ)唐招提寺とうしょうだいじ
年表で「行基」を見る

文化・宗教のできごと

  1. 712年古事記こじきの完成かんせい稗田阿礼ひえだのあれが語り伝えた神話や天皇てんのうの記録を、太安万侶おおのやすまろが書きまとめて元明天皇げんめいてんのうに差し出した、日本で最も古い歴史書です。
  2. 713年風土記ふどきをつくる命令めいれい元明天皇げんめいてんのうが全国の国ごとに、地名のいわれや産物、伝説などを書いて報告するよう命じました。
  3. 720年日本書紀にほんしょきの完成かんせい舎人親王とねりしんのうが中心となって、神代から持統天皇じとうてんのうまでの歴史を年代順に漢文かんぶんで書いた、日本で最初の正式な歴史書が完成かんせいしました。
  4. 741年国分寺建立こくぶんじこんりゅうの詔みことのり聖武天皇しょうむてんのうが、仏教ぶっきょうの力で国を守るため、国ごとに国分寺こくぶんじと国分尼寺こくぶんにじを建てるよう命じました。
  5. 743年大仏造立だいぶつぞうりゅうの詔みことのり聖武天皇しょうむてんのうが、仏教ぶっきょうの力で国を守るため、紫香楽宮しがらきのみやで大きな仏像ぶつぞうをつくるよう命じました。
  6. 752年東大寺とうだいじの大仏開眼供養だいぶつかいげんくよう約10年かけてつくられた東大寺とうだいじの大仏だいぶつが完成かんせいし、仏ほとけの目を入れる開眼供養かいげんくようの式が行われました。
  7. 753年鑑真がんじんの来日らいにち唐とうの高僧こうそう・鑑真がんじんが、5回の失敗と失明を乗りこえて、6回目の航海でついに日本に着きました。

文化をになった人物

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確認問題

答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。

  1. Q1稗田阿礼ひえだのあれが語り伝えた神話や天皇てんのうの記録を、太安万侶おおのやすまろが書きまとめて元明天皇げんめいてんのうに差し出した、日本で最も古い歴史書です。このできごとは何でしょう。

    古事記こじきの完成かんせい

    天武天皇てんむてんのうのころから、国のなりたちや天皇てんのうの系図を正しく残そうという動きがありました。

  2. Q2舎人親王とねりしんのうが中心となって、神代から持統天皇じとうてんのうまでの歴史を年代順に漢文かんぶんで書いた、日本で最初の正式な歴史書が完成かんせいしました。このできごとは何でしょう。

    日本書紀にほんしょきの完成かんせい

    古事記こじきが神話や物語を中心とした書物だったのに対し、日本書紀にほんしょきは中国の歴史書にならい、漢文かんぶんで年代順(編年体へんねんたい)に書かれた正式な国の歴史書です。

  3. Q3『○○の3つの特色:①聖武天皇しょうむてんのうのころ ②仏教ぶっきょう中心 ③唐とうやシルクロードの影響で国際色ゆたか』という特徴にあてはまる文化は何でしょう。

    天平文化てんぴょうぶんか

    聖武天皇しょうむてんのうのころ、平城京へいじょうきょうを中心に栄えた文化です。

  4. Q4聖武天皇しょうむてんのうが、仏教ぶっきょうの力で国を守るため、国ごとに○○と国分尼寺こくぶんにじを建てるよう命じました。都みやこの東大寺とうだいじは全国の○○の中心とされました。この説明にあてはまるできごとを何といいますか。

    国分寺建立こくぶんじこんりゅうの詔みことのり

    病気やききん、反乱はんらんが続いて世の中が乱れたため、聖武天皇しょうむてんのうは仏教ぶっきょうの力で国を安らかにしようと考えました(鎮護国家ちんごこっか)。

  5. Q5聖武天皇しょうむてんのうが、仏教ぶっきょうの力で国を守るため、紫香楽宮しがらきのみやで大きな仏像ぶつぞうをつくるよう命じました。のちに東大寺とうだいじの○○として奈良ならで完成かんせいします。この説明にあてはまるできごとを何といいますか。

    大仏造立だいぶつぞうりゅうの詔みことのり

    国分寺建立こくぶんじこんりゅうの詔みことのりから2年後の743年、聖武天皇しょうむてんのうは近江おうみの紫香楽宮しがらきのみやで、大仏だいぶつ(盧舎那仏るしゃなぶつ)をつくる詔みことのりを出しました。

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前後の時代の文化

奈良時代の読みもの

つぎのステップ

年代と内容は、教科書・塾教材の記述にそろえた学習用のものです。異説がある年は、年表アプリの項目の中に記しています。まちがいを見つけたらお問い合わせから教えてください。