江戸時代の文化(元禄文化・寺子屋・国学・蘭学・化政文化)
江戸時代の文化は、元禄文化・寺子屋・国学・蘭学・化政文化です。5代将軍綱吉のころ、大阪や京都(上方)を中心に栄えた、町人が生み出した活気のある文化です。町人や百姓の子どもたちが、読み・書き・そろばんを習った学びの場です。
江戸時代の文化の特色
元禄文化
5代将軍綱吉のころ、大阪や京都(上方)を中心に栄えた、町人が生み出した活気のある文化です。井原西鶴・松尾芭蕉・近松門左衛門らが活やくしました。
17世紀の終わりごろ、5代将軍徳川綱吉の時代には、世の中が安定して商業がさかんになり、大阪や京都などの上方の町人が豊かになりました。こうした町人を担い手として栄えた文化を、そのころの年号から元禄文化といいます。文学では井原西鶴が浮世草子を書き、松尾芭蕉が俳諧を芸術に高め、近松門左衛門が人形浄瑠璃や歌舞伎の脚本を書きました。絵画では菱川師宣が浮世絵を始め、尾形光琳がはなやかな装飾画をえがきました。
| 分野 | 代表的な人物 | 代表作 |
|---|---|---|
| 浮世草子 | 井原西鶴 | 『日本永代蔵』 |
| 俳諧 | 松尾芭蕉 | 『おくのほそ道』 |
| 人形浄瑠璃の脚本 | 近松門左衛門 | 『曽根崎心中』 |
| 浮世絵 | 菱川師宣 | 『見返り美人図』 |
| 装飾画 | 尾形光琳 | 『燕子花図屏風』 |
- 大阪や京都などの上方を中心に栄えました。
- 経済力をつけた町人が、文化の担い手となりました。
- 浮世草子の井原西鶴、俳諧の松尾芭蕉、脚本の近松門左衛門が活やくしました。
- 絵画では、菱川師宣の浮世絵や尾形光琳の装飾画が生まれました。
寺子屋
町人や百姓の子どもたちが、読み・書き・そろばんを習った学びの場です。江戸時代後期には全国の町や村に広がりました。
江戸時代には商業が発達し、帳簿をつけたり手紙を書いたりするために、読み書きや計算の力が必要になりました。そこで町や村に寺子屋がつくられ、町人や百姓の子どもたちが、僧や武士、医者などの先生から読み・書き・そろばんを習いました。武士の子どもは、藩がつくった藩校で学びました。寺子屋が広がったことで、江戸時代の日本は読み書きのできる人の割合が高くなり、化政文化で本や浮世絵が広く楽しまれる土台になりました。
| 寺子屋 | 藩校 | |
|---|---|---|
| 学んだ人 | 町人や百姓の子どもたち | その藩の武士の子どもたち |
| おもに学んだこと | 読み・書き・そろばん | 儒学(朱子学)や武芸 |
- 町人や百姓の子どもが、読み・書き・そろばんを習いました。
- 僧や武士、医者などが先生になって教えました。
国学
『古事記』や『万葉集』などの日本の古典を研究して、仏教や儒教が伝わる前の日本人の考え方を明らかにしようとした学問です。
江戸時代の中ごろ、儒教や仏教の考え方にとらわれず、日本の古い書物から昔の日本人の心を学ぼうとする学問がおこりました。これを国学といいます。賀茂真淵が『万葉集』を研究し、その教えを受けた本居宣長が『古事記伝』を完成させて国学を大成しました。国学は天皇を尊ぶ考え方と結びつき、幕末の尊王攘夷運動に影響をあたえました。
| 国学 | 蘭学 | |
|---|---|---|
| 研究したもの | 『古事記』などの日本の古典 | オランダ語で書かれた西洋の学問 |
| 代表的な人物 | 賀茂真淵・本居宣長 | 杉田玄白・前野良沢 |
| 代表的な書物 | 本居宣長の『古事記伝』 | 杉田玄白らの『解体新書』 |
- 『古事記』や『万葉集』などの日本の古典を研究する学問です。
- 仏教や儒教が伝わる前の、日本人の古くからの考え方を明らかにしようとしました。
- 本居宣長が『古事記伝』を書いて大成しました。
- 天皇を尊ぶ考え方と結びつき、幕末の尊王攘夷運動に影響をあたえました。
蘭学
オランダ語の書物を通して、ヨーロッパの医学や天文学などを学んだ学問です。『解体新書』の出版をきっかけにさかんになりました。
鎖国のもとでも、長崎の出島を通じてオランダの書物が入ってきました。8代将軍徳川吉宗がキリスト教に関係のない洋書の輸入をゆるしてから、オランダ語を通して西洋の学問を学ぶ人が出てきました。1774年に杉田玄白・前野良沢らが『解体新書』を出版すると、蘭学は医学を中心にさかんになりました。伊能忠敬が学んだ天文学や測量術も西洋の学問をもとにしており、大阪の緒方洪庵の適塾、長崎のシーボルトの鳴滝塾などで多くの人材が育ちました。
- オランダ語の書物を通して、ヨーロッパの学問を学びました。
- 杉田玄白や前野良沢らの『解体新書』の出版で、医学を中心にさかんになりました。
- 長崎の鳴滝塾や大阪の適塾などで、多くの人材が育ちました。
化政文化
江戸時代後期の文化・文政のころに、江戸の町人を中心に栄えた文化です。浮世絵の風景画や、こっけいな小説、俳諧などが人気を集めました。
11代将軍徳川家斉のころ、年号が文化・文政だった時期を中心に栄えた文化を、化政文化といいます。元禄文化が京都・大阪(上方)の町人を中心としたのに対し、化政文化は江戸の町人が中心でした。多色刷りの浮世絵(錦絵)が大量につくられ、葛飾北斎や歌川広重の風景画、喜多川歌麿の美人画が人気を集めました。十返舎一九の『東海道中膝栗毛』、滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』、小林一茶の俳諧、川柳や狂歌も楽しまれ、寺子屋の広がりで読み書きのできる人がふえたことが文化を支えました。
| 元禄文化 | 化政文化 | |
|---|---|---|
| 栄えた時期 | 5代将軍徳川綱吉のころ | 11代将軍徳川家斉のころ |
| 中心の地域 | 上方(京都・大阪)の町人 | 江戸に住む町人たち |
| おもな作家 | 井原西鶴・近松門左衛門・松尾芭蕉 | 十返舎一九・滝沢馬琴・小林一茶 |
| おもな浮世絵師 | 浮世絵を始めた菱川師宣 | 葛飾北斎・歌川広重・喜多川歌麿 |
- 江戸の町人を中心に栄えた文化です。
- 葛飾北斎や歌川広重の風景画など、多色刷りの浮世絵が大量につくられました。
- 十返舎一九や滝沢馬琴の小説、小林一茶の俳諧が人気を集めました。
代表的な作品・建物

おくのほそ道
おくのほそみち
松尾芭蕉が、弟子の曽良と江戸から東北・北陸をめぐった旅をもとに書いた紀行文です。旅の中でよんだ俳諧(俳句)がおさめられています。
関係する人物: 松尾芭蕉
- 1689年に江戸を出発し、東北・北陸をめぐって美濃の大垣までの旅を記しました。
- 「夏草や兵どもが夢の跡」は、平泉(岩手県)でよまれた句です。
- 「五月雨をあつめて早し最上川」など、旅先でよんだ句がおさめられています。

解体新書
かいたいしんしょ
杉田玄白・前野良沢らが、オランダ語の解剖書をほん訳して出版した医学書です。日本で初めての本格的な西洋医学のほん訳書です。
関係する人物: 杉田玄白・前野良沢
- オランダ語の解剖書『ターヘル・アナトミア』をほん訳した医学書です。
- 江戸の小塚原で解剖を見学したことが、ほん訳のきっかけになりました。
- 出版をきっかけに、蘭学がさかんになりました。

古事記伝
こじきでん
本居宣長が35年かけて完成させた『古事記』の研究書です。一字一句の読み方や意味を調べた書物で、これによって国学が大成されました。
関係する人物: 本居宣長
- 本居宣長が、35年かけて完成させた『古事記』の研究書です。
- この研究書によって、国学が大成されました。

大日本沿海輿地全図
だいにほんえんかいよちぜんず
伊能忠敬が全国を歩いて測量した結果をもとに、弟子たちが完成させた正確な日本地図です。
関係する人物: 伊能忠敬
- 伊能忠敬が全国を歩いて測量した結果をもとにつくられた日本地図です。
- 伊能忠敬の死後の1821年に、弟子などが完成させました。

富嶽三十六景
ふがくさんじゅうろっけい
葛飾北斎が、各地から見た富士山を大胆な構図でえがいた浮世絵の風景画の連作です。「神奈川沖浪裏」が特に有名です。
関係する人物: 葛飾北斎
- 葛飾北斎が、各地から見た富士山をえがいた浮世絵の連作です。
- 大波の向こうに富士山が見える「神奈川沖浪裏」がふくまれます。

東海道五十三次
とうかいどうごじゅうさんつぎ
歌川広重が、江戸から京都までの東海道の宿場と、そこを行く旅人のようすをえがいた浮世絵の風景画の連作です。化政文化を代表する作品です。
関係する人物: 歌川広重
- 歌川広重が、東海道の宿場の風景をえがいた浮世絵の連作です。
- 江戸の日本橋から京都の三条大橋までの宿場と、旅人のようすがえがかれています。

風神雷神図屏風
ふうじんらいじんずびょうぶ
俵屋宗達がえがいた屏風絵です。金色の地に、風袋をかついだ神と太鼓を背負った神が向かい合う姿を大たんにえがいています。国宝として、京都の建仁寺に伝わっています。
関係する人物: 俵屋宗達
- 金地の屏風の左右に、風神と雷神をえがいています。
- 京都の建仁寺に伝わる国宝です。
- のちに尾形光琳がこの絵を写した屏風をえがきました。

日光東照宮
にっこうとうしょうぐう
初代将軍徳川家康をまつる神社で、3代将軍家光が今のような豪華な建物に建て直しました。はなやかな彫刻でかざられた陽明門が有名です。
関係する人物: 徳川家光・徳川家康・徳川秀忠
- 初代将軍徳川家康を神としてまつっています。
- 3代将軍家光が、多くの費用をかけて豪華な社殿に建て直しました。
- 陽明門は、一日中見ていてもあきないことから「日暮門」ともよばれます。

人形浄瑠璃
にんぎょうじょうるり
語り手が三味線に合わせて物語を語り、それに合わせて、木でつくった小さな役者をあやつって演じる芝居です。元禄のころ大阪で人気を集め、今の文楽に受けつがれています。
関係する人物: 近松門左衛門
- 語りと三味線に合わせて、木でつくった役者をあやつって演じる芝居です。
- 竹本義太夫が大阪に竹本座を開き、義太夫節とよばれる語りを広めました。
- 現在は文楽とよばれ、ユネスコの無形文化遺産に登録されています。

見返り美人図
みかえりびじんず
菱川師宣がえがいた、歩きながらふり返る女性の姿の絵です。版画ではなく筆で直接えがいた肉筆の浮世絵で、切手の図がらにもなりました。
関係する人物: 菱川師宣
- 歩きながら後ろを見る女性の姿をえがいた浮世絵です。
- 菱川師宣が筆で直接えがいた肉筆の浮世絵です。
- 東京国立博物館に所蔵され、切手の図がらにもなりました。

曽根崎心中
そねざきしんじゅう
近松門左衛門が書いた人形浄瑠璃の作品です。大阪で実際に起きた、若い男女がいっしょに命を絶った事件をもとに、町人の義理と人情をえがき、大評判となりました。
関係する人物: 近松門左衛門
- 大阪で実際に起きた、若い男女がいっしょに命を絶った事件を題材にしています。
- 竹本義太夫の竹本座で人形浄瑠璃として上演され、大評判となりました。
- 町人の世界をえがく「世話物」とよばれる作品の始まりとなりました。

東海道中膝栗毛
とうかいどうちゅうひざくりげ
十返舎一九が書いた、弥次郎兵衛と喜多八の2人が東海道を旅するこっけいな物語です。江戸の人々に大人気となりました。
関係する人物: 十返舎一九
- 十返舎一九が書いた、弥次郎兵衛と喜多八の旅の物語です。
- 東海道を旅する2人が失敗や笑いを起こす、こっけいな小説です。

南総里見八犬伝
なんそうさとみはっけんでん
滝沢馬琴が28年かけて書き上げた長編小説で、不思議な玉を持つ8人の犬士が、安房(千葉県)の里見家のために活やくする物語です。
関係する人物: 滝沢馬琴
- 滝沢馬琴が28年かけて書き上げた長編小説です。
- 8人の犬士が、安房の里見家のために活やくする物語です。

日本永代蔵
にっぽんえいたいぐら
井原西鶴が書いた浮世草子です。お金をもうけて成功した町人や、ぜいたくをして落ちぶれた町人の話を通して、町人の生き方をえがいています。
関係する人物: 井原西鶴
- 町人がお金をもうけて成功したり、失敗したりする話を集めた浮世草子です。
- お金をめぐる町人のくらしを、生き生きとえがきました。
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葛飾北斎と歌川広重
| 葛飾北斎 | 歌川広重 | |
|---|---|---|
| 代表作 | 富嶽三十六景 | 東海道五十三次 |
| えがいたもの | いろいろな場所から見た富士山 | 東海道の宿場とその周りの風景 |
文化・宗教のできごと
- 1629年ごろ絵踏キリストやマリアの像を刻んだ板を人々に踏ませ、キリスト教の信者を見つけ出したやり方です。
- 1640年ごろ寺請制度(宗門改)すべての人をどこかの寺の信者として登録させ、キリスト教の信者でないことを寺に証明させたしくみです。
- 1720年漢訳洋書の輸入制限をゆるめる8代将軍吉宗が、キリスト教に関係のない、中国語に訳されたヨーロッパの本の輸入を認めたできごとです。
- 1790年寛政異学の禁寛政の改革の中で、幕府の学問所で朱子学以外の学問を教えることを禁止したきまりです。
文化をになった人物
松尾芭蕉俳諧(俳句)を芸術に高めた、元禄文化の俳人です。
近松門左衛門人形浄瑠璃や歌舞伎の脚本を書いた、元禄文化の作家です。
本居宣長伊勢の松坂(三重県)の医者で、日本の古典を学び、『古事記』を35年かけて研究して『古事記伝』を書き、国学を大成した人物です。
杉田玄白小浜藩の医者で、前野良沢らとオランダ語の解剖書をほん訳し、1774年に『解体新書』を出版しました。
伊能忠敬50歳から天文学と測量を学び、17年かけて全国の海岸線を歩いて測量した人物です。
葛飾北斎江戸の浮世絵師で、いろいろな場所から見た富士山をえがいた『富嶽三十六景』で知られます。
歌川広重江戸の浮世絵師で、東海道の宿場の風景をえがいた『東海道五十三次』で知られます。
菱川師宣江戸で活やくした元禄文化の画家で、町の人々の風俗をえがいた浮世絵を始めた人とされます。
天草四郎(益田時貞)1637年に九州で起きたキリスト教信者らの一揆で、人々のかしらとなった少年です。
井原西鶴大阪の町人で、元禄文化を代表する作家です。
尾形光琳京都の呉服屋の家に生まれた元禄文化の画家です。
青木昆陽江戸時代中ごろに、さつまいもの栽培を広めた学者です。
前野良沢中津藩の医者で、長崎でオランダ語を学び、杉田玄白らとともにオランダ語の解剖書をほん訳して『解体新書』を出版するときの中心になった人物です。
喜多川歌麿江戸時代後期の浮世絵師で、女性の顔や上半身を大きくえがいた美人画(大首絵)で大人気になりました。
小林一茶信濃の農民の家に生まれた俳人で、小さな生き物や子どもへのやさしい気持ちを、わかりやすい言葉の俳句によみました。
十返舎一九江戸時代後期の作家で、弥次郎兵衛と喜多八の2人が東海道を旅するようすをおもしろおかしく書いた『東海道中膝栗毛』で人気を集めました。
滝沢馬琴江戸時代後期の作家で、8人の犬士が活やくする長編小説『南総里見八犬伝』を、28年かけて書き上げました。
シーボルトオランダ商館の医者として長崎に来たドイツ人で、鳴滝塾を開いて、高野長英など多くの日本人に西洋の医学を教えました。
高野長英シーボルトの鳴滝塾で学んだ医者・蘭学者です。
俵屋宗達江戸時代の初めに京都で活やくした画家です。
与謝蕪村絵のような美しい景色を俳句によんだ俳人で、すぐれた画家でもありました。
渡辺崋山田原藩の家老で、画家・蘭学者でもあった人物です。
確認問題
答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。
Q15代将軍綱吉のころ、大阪や京都(上方)を中心に栄えた、町人が生み出した活気のある文化です。井原西鶴・松尾芭蕉・近松門左衛門らが活やくしました。この説明にあてはまる文化を何といいますか。
元禄文化
17世紀の終わりごろ、5代将軍徳川綱吉の時代には、世の中が安定して商業がさかんになり、大阪や京都などの上方の町人が豊かになりました。
Q2松尾芭蕉が、弟子の曽良と江戸から東北・北陸をめぐった旅をもとに書いた紀行文です。旅の中でよんだ俳諧(俳句)がおさめられています。この説明にあてはまる紀行文を何といいますか。
おくのほそ道
1689年、松尾芭蕉は弟子の河合曽良とともに江戸の深川を出発し、東北地方から北陸地方をめぐって、美濃(岐阜県)の大垣まで約150日の旅をしました。
Q3キリストやマリアの像を刻んだ板を人々に踏ませ、キリスト教の信者を見つけ出したやり方です。長崎など九州で、毎年行われました。この説明にあてはまるものを何といいますか。
絵踏
幕府はキリスト教の信者を見つけ出すため、キリストや聖母マリアの像を刻んだ銅や木の板を人々に踏ませました。
Q4『浮世草子』の代表的な人物は何でしょう。
井原西鶴
『浮世草子』の代表的な人物は井原西鶴です。
Q5『おくのほそ道』をつくった人物はだれでしょう。
松尾芭蕉
おくのほそ道(1694年ごろ)。松尾芭蕉が、弟子の曽良と江戸から東北・北陸をめぐった旅をもとに書いた紀行文です。つくった人物は松尾芭蕉です。
前後の時代の文化
江戸時代の読みもの
つぎのステップ
年代と内容は、教科書・塾教材の記述にそろえた学習用のものです。異説がある年は、年表アプリの項目の中に記しています。まちがいを見つけたらお問い合わせから教えてください。