安土桃山時代の文化(桃山文化)

安土桃山時代の文化は、桃山文化です。織田信長・豊臣秀吉のころに栄えた、大名や大商人の力と富を示す豪華で雄大な文化です。

2026/10/09 更新・ふりがなつき

安土桃山時代の文化の特色

桃山文化

織田信長おだのぶなが・豊臣秀吉とよとみひでよしのころに栄えた、大名だいみょうや大商人の力と富を示す豪華で雄大な文化です。天守のある城や金箔を使った障壁画がつくられ、千利休せんのりきゅうの茶の湯も生まれました。

天下統一を進めた信長のぶなが・秀吉ひでよしや、各地の大名だいみょう、堺などの大商人の豊かな財力を背景に、豪華で力強い文化が生まれました。安土城あづちじょうや大阪城おおさかじょう、姫路城ひめじじょうのように高い天守をもつ城が築かれ、城の中のふすまや屏風には、狩野永徳かのうえいとくらが金箔を使ったはなやかな障壁画を描きました。千利休せんのりきゅうはわび茶(茶の湯)を大成し、出雲いずもの阿国おくにはかぶき踊りを始めました。南蛮貿易なんばんぼうえきを通じて、ヨーロッパの文化(南蛮文化)も伝わりました。「桃山」の名は、秀吉ひでよしが晩年に住んだ伏見城の跡が、のちに桃山とよばれたことに由来します。

東山文化ひがしやまぶんか桃山文化ももやまぶんか
中心となった人物足利義政あしかがよしまさ織田信長おだのぶなが・豊臣秀吉とよとみひでよし
特色禅宗ぜんしゅうの影響を受けた簡素な文化豪華で雄大な文化
代表的な建物銀閣ぎんかく安土城あづちじょう・大阪城おおさかじょう・姫路城ひめじじょう
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  • 大名だいみょうや大商人の富を背景にした、豪華で雄大な文化です。
  • 天守のある城と、金箔を使った障壁画が代表です。
  • 千利休せんのりきゅうが、茶の湯(わび茶)を大成しました。
  • 南蛮貿易なんばんぼうえきを通じて、ヨーロッパの文化の影響も受けました。

代表的な作品・建物

  • 安土城

    あづちじょう

    織田信長おだのぶながが琵琶湖のほとりに築いた、高くそびえる天主をもつ城です。城下町じょうかまちでは楽市らくいち・楽座らくざが行われました。

    関係する人物: 織田信長おだのぶなが・狩野永徳かのうえいとく

    • 織田信長おだのぶながが、琵琶湖のほとりの安土山に築いた城です。
    • 1579年に天主が完成かんせいしましたが、本能寺ほんのうじの変へんの後に焼けてしまいました。
    • 城下町じょうかまちでは、楽市らくいち・楽座らくざが行われました。
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  • わび茶(茶の湯)

    わびちゃ(ちゃのゆ)

    千利休せんのりきゅうが大成した、質素な茶室で心をこめて客に茶をたててもてなす茶の湯の作法です。簡素で静かな美しさを大切にします。

    関係する人物: 千利休せんのりきゅう・織田信長おだのぶなが・豊臣秀吉とよとみひでよし

    • 千利休せんのりきゅうが大成した、質素で静かな茶の湯です。
    • 大名だいみょうや堺などの大商人の間で、茶会がさかんに開かれました。
    • 今の茶道のもとになりました。
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  • 大阪城

    おおさかじょう

    豊臣秀吉とよとみひでよしが、石山本願寺の跡地に築いた大きな城です。全国統一ぜんこくとういつの拠点となり、金箔で飾られた豪華な天守がそびえていました。

    関係する人物: 豊臣秀吉とよとみひでよし・狩野永徳かのうえいとく

    • 豊臣秀吉とよとみひでよしが、石山本願寺の跡地に築いた城です。
    • 豊臣秀吉とよとみひでよしが全国を統一とういつするための拠点となりました。
    • 金箔で飾られた豪華な天守をもつ、桃山文化ももやまぶんかを代表する城でした。
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  • 唐獅子図屏風

    からじしずびょうぶ

    狩野永徳かのうえいとくが描いたとされる屏風で、金箔の地に2頭の唐獅子が力強く歩くすがたが描かれています。桃山文化ももやまぶんかの障壁画を代表する作品です。

    関係する人物: 狩野永徳かのうえいとく

    • 金箔の地に、2頭の唐獅子を力強く描いた屏風です。
    • 狩野永徳かのうえいとくが描いたとされる作品です。
    • 桃山文化ももやまぶんかの障壁画を代表する作品です。
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  • 姫路城

    ひめじじょう

    兵庫ひょうご県にある、白い壁の美しさから白鷺城ともよばれる城です。今の天守は関ヶ原せきがはらの戦いの後に完成かんせいし、1993年に世界文化遺産に登録されました。

    • 白い壁の美しさから、白鷺城ともよばれる城です。
    • 1993年に、法隆寺ほうりゅうじとともに日本で初めて世界文化遺産に登録されました。
    • 今の天守は、関ヶ原せきがはらの戦いの後に完成かんせいしました。
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  • かぶき踊り(出雲の阿国)

    かぶきおどり(いずものおくに)

    出雲いずもの阿国おくにが京都きょうとで始めた、はなやかな衣装で踊る芸能です。都みやこの人々の人気を集め、のちに江戸時代えどじだいに男性が演じる演劇のもとになりました。

    • 出雲いずもの阿国おくにが京都きょうとで始めました。
    • 女性の阿国おくにが、男装するなど人目をひくすがたで演じました。
    • はなやかな衣装と人目をひくすがたで、都みやこの人々の人気を集めました。
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  • 南蛮屏風

    なんばんびょうぶ

    港に着いた南蛮船や、日本の町を歩く南蛮人(ポルトガル人やスペイン人)のようすを描いた屏風です。南蛮貿易なんばんぼうえきのようすを今に伝えています。

    • 港に着いた南蛮船や南蛮人のようすを描いた屏風です。
    • 南蛮貿易なんばんぼうえきのようすを今に伝える作品です。
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雪舟と狩野永徳

雪舟せっしゅう狩野永徳かのうえいとく
文化東山文化ひがしやまぶんか桃山文化ももやまぶんか
絵の特色墨でえがく水墨画すいぼくが金箔を使った豪華な障壁画
代表作秋冬山水図しゅうとうさんすいず・天橋立図あまのはしだてず唐獅子図屏風からじしずびょうぶ
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安土城と大阪城

安土城あづちじょう大阪城おおさかじょう
築いた人物織田信長おだのぶなが豊臣秀吉とよとみひでよし
場所琵琶湖のほとり(滋賀県しがけん)石山本願寺の跡(大阪おおさか府)
築き始めた年1576年1583年
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文化・宗教のできごと

  1. 1587年バテレン追放令ついほうれい豊臣秀吉とよとみひでよしが、キリスト教きょうの宣教師せんきょうし(バテレン)に国外へ出ていくよう命じた法令です。

文化をになった人物

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確認問題

答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。

  1. Q1織田信長おだのぶなが・豊臣秀吉とよとみひでよしのころに栄えた、大名だいみょうや大商人の力と富を示す豪華で雄大な文化です。天守のある城や金箔を使った障壁画がつくられ、千利休せんのりきゅうの茶の湯も生まれました。この説明にあてはまる文化を何といいますか。

    桃山文化ももやまぶんか

    天下統一を進めた信長のぶなが・秀吉ひでよしや、各地の大名だいみょう、堺などの大商人の豊かな財力を背景に、豪華で力強い文化が生まれました。

  2. Q2織田信長おだのぶながが琵琶湖のほとりに築いた、高くそびえる天主をもつ城です。城下町じょうかまちでは楽市らくいち・楽座らくざが行われました。この説明にあてはまる建物を何といいますか。

    安土城あづちじょう

    1576年、織田信長おだのぶながは近江おうみ(滋賀県しがけん)の安土山に城を築き始め、1579年に天主(天守)が完成かんせいしました。

  3. Q3千利休せんのりきゅうが大成した、質素な茶室で心をこめて客に茶をたててもてなす茶の湯の作法です。簡素で静かな美しさを大切にします。この説明にあてはまる作法を何といいますか。

    わび茶(茶の湯)

    茶を飲む習慣は鎌倉時代かまくらじだいに栄西えいさいが広め、室町時代むろまちじだいには茶会が開かれるようになりました。

  4. Q4豊臣秀吉とよとみひでよしが、石山本願寺の跡地に築いた大きな城です。全国統一ぜんこくとういつの拠点となり、金箔で飾られた豪華な天守がそびえていました。この説明にあてはまる建物を何といいますか。

    大阪城おおさかじょう

    1583年、豊臣秀吉とよとみひでよしは、織田信長おだのぶながと戦った石山本願寺のあった場所に城を築き始めました。

  5. Q5豊臣秀吉とよとみひでよしが、キリスト教きょうの宣教師せんきょうし(バテレン)に国外へ出ていくよう命じた法令です。南蛮貿易なんばんぼうえきは続けたため、キリスト教きょうの禁止きんしは徹底しませんでした。この説明にあてはまるできごとを何といいますか。

    バテレン追放令ついほうれい

    秀吉ひでよしははじめ、信長のぶながと同じようにキリスト教きょうの布教ふきょうを認めていました。

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前後の時代の文化

安土桃山時代の読みもの

つぎのステップ

年代と内容は、教科書・塾教材の記述にそろえた学習用のものです。異説がある年は、年表アプリの項目の中に記しています。まちがいを見つけたらお問い合わせから教えてください。