安土桃山時代の文化(桃山文化)
安土桃山時代の文化は、桃山文化です。織田信長・豊臣秀吉のころに栄えた、大名や大商人の力と富を示す豪華で雄大な文化です。
安土桃山時代の文化の特色
桃山文化
織田信長・豊臣秀吉のころに栄えた、大名や大商人の力と富を示す豪華で雄大な文化です。天守のある城や金箔を使った障壁画がつくられ、千利休の茶の湯も生まれました。
天下統一を進めた信長・秀吉や、各地の大名、堺などの大商人の豊かな財力を背景に、豪華で力強い文化が生まれました。安土城や大阪城、姫路城のように高い天守をもつ城が築かれ、城の中のふすまや屏風には、狩野永徳らが金箔を使ったはなやかな障壁画を描きました。千利休はわび茶(茶の湯)を大成し、出雲の阿国はかぶき踊りを始めました。南蛮貿易を通じて、ヨーロッパの文化(南蛮文化)も伝わりました。「桃山」の名は、秀吉が晩年に住んだ伏見城の跡が、のちに桃山とよばれたことに由来します。
| 東山文化 | 桃山文化 | |
|---|---|---|
| 中心となった人物 | 足利義政 | 織田信長・豊臣秀吉 |
| 特色 | 禅宗の影響を受けた簡素な文化 | 豪華で雄大な文化 |
| 代表的な建物 | 銀閣 | 安土城・大阪城・姫路城 |
- 大名や大商人の富を背景にした、豪華で雄大な文化です。
- 天守のある城と、金箔を使った障壁画が代表です。
- 千利休が、茶の湯(わび茶)を大成しました。
- 南蛮貿易を通じて、ヨーロッパの文化の影響も受けました。
代表的な作品・建物

安土城
あづちじょう
織田信長が琵琶湖のほとりに築いた、高くそびえる天主をもつ城です。城下町では楽市・楽座が行われました。
関係する人物: 織田信長・狩野永徳
- 織田信長が、琵琶湖のほとりの安土山に築いた城です。
- 1579年に天主が完成しましたが、本能寺の変の後に焼けてしまいました。
- 城下町では、楽市・楽座が行われました。

わび茶(茶の湯)
わびちゃ(ちゃのゆ)
千利休が大成した、質素な茶室で心をこめて客に茶をたててもてなす茶の湯の作法です。簡素で静かな美しさを大切にします。
関係する人物: 千利休・織田信長・豊臣秀吉
- 千利休が大成した、質素で静かな茶の湯です。
- 大名や堺などの大商人の間で、茶会がさかんに開かれました。
- 今の茶道のもとになりました。

大阪城
おおさかじょう
豊臣秀吉が、石山本願寺の跡地に築いた大きな城です。全国統一の拠点となり、金箔で飾られた豪華な天守がそびえていました。
関係する人物: 豊臣秀吉・狩野永徳
- 豊臣秀吉が、石山本願寺の跡地に築いた城です。
- 豊臣秀吉が全国を統一するための拠点となりました。
- 金箔で飾られた豪華な天守をもつ、桃山文化を代表する城でした。

唐獅子図屏風
からじしずびょうぶ
狩野永徳が描いたとされる屏風で、金箔の地に2頭の唐獅子が力強く歩くすがたが描かれています。桃山文化の障壁画を代表する作品です。
関係する人物: 狩野永徳
- 金箔の地に、2頭の唐獅子を力強く描いた屏風です。
- 狩野永徳が描いたとされる作品です。
- 桃山文化の障壁画を代表する作品です。

姫路城
ひめじじょう
兵庫県にある、白い壁の美しさから白鷺城ともよばれる城です。今の天守は関ヶ原の戦いの後に完成し、1993年に世界文化遺産に登録されました。
- 白い壁の美しさから、白鷺城ともよばれる城です。
- 1993年に、法隆寺とともに日本で初めて世界文化遺産に登録されました。
- 今の天守は、関ヶ原の戦いの後に完成しました。

かぶき踊り(出雲の阿国)
かぶきおどり(いずものおくに)
出雲の阿国が京都で始めた、はなやかな衣装で踊る芸能です。都の人々の人気を集め、のちに江戸時代に男性が演じる演劇のもとになりました。
- 出雲の阿国が京都で始めました。
- 女性の阿国が、男装するなど人目をひくすがたで演じました。
- はなやかな衣装と人目をひくすがたで、都の人々の人気を集めました。

南蛮屏風
なんばんびょうぶ
港に着いた南蛮船や、日本の町を歩く南蛮人(ポルトガル人やスペイン人)のようすを描いた屏風です。南蛮貿易のようすを今に伝えています。
- 港に着いた南蛮船や南蛮人のようすを描いた屏風です。
- 南蛮貿易のようすを今に伝える作品です。
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雪舟と狩野永徳
| 雪舟 | 狩野永徳 | |
|---|---|---|
| 文化 | 東山文化 | 桃山文化 |
| 絵の特色 | 墨でえがく水墨画 | 金箔を使った豪華な障壁画 |
| 代表作 | 秋冬山水図・天橋立図 | 唐獅子図屏風 |
安土城と大阪城
| 安土城 | 大阪城 | |
|---|---|---|
| 築いた人物 | 織田信長 | 豊臣秀吉 |
| 場所 | 琵琶湖のほとり(滋賀県) | 石山本願寺の跡(大阪府) |
| 築き始めた年 | 1576年 | 1583年 |
文化・宗教のできごと
- 1587年バテレン追放令豊臣秀吉が、キリスト教の宣教師(バテレン)に国外へ出ていくよう命じた法令です。
文化をになった人物
千利休堺の大商人の出身で、織田信長や豊臣秀吉に仕え、質素な茶室や道具で心を通わせるわび茶(茶の湯)を大成した茶人です。
狩野永徳狩野派の画家で、織田信長や豊臣秀吉に仕え、安土城や大阪城のふすまや屏風に、金箔を使った豪華な障壁画を描きました。
確認問題
答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。
Q1織田信長・豊臣秀吉のころに栄えた、大名や大商人の力と富を示す豪華で雄大な文化です。天守のある城や金箔を使った障壁画がつくられ、千利休の茶の湯も生まれました。この説明にあてはまる文化を何といいますか。
桃山文化
天下統一を進めた信長・秀吉や、各地の大名、堺などの大商人の豊かな財力を背景に、豪華で力強い文化が生まれました。
Q2織田信長が琵琶湖のほとりに築いた、高くそびえる天主をもつ城です。城下町では楽市・楽座が行われました。この説明にあてはまる建物を何といいますか。
安土城
1576年、織田信長は近江(滋賀県)の安土山に城を築き始め、1579年に天主(天守)が完成しました。
Q3千利休が大成した、質素な茶室で心をこめて客に茶をたててもてなす茶の湯の作法です。簡素で静かな美しさを大切にします。この説明にあてはまる作法を何といいますか。
わび茶(茶の湯)
茶を飲む習慣は鎌倉時代に栄西が広め、室町時代には茶会が開かれるようになりました。
Q4豊臣秀吉が、石山本願寺の跡地に築いた大きな城です。全国統一の拠点となり、金箔で飾られた豪華な天守がそびえていました。この説明にあてはまる建物を何といいますか。
大阪城
1583年、豊臣秀吉は、織田信長と戦った石山本願寺のあった場所に城を築き始めました。
Q5豊臣秀吉が、キリスト教の宣教師(バテレン)に国外へ出ていくよう命じた法令です。南蛮貿易は続けたため、キリスト教の禁止は徹底しませんでした。この説明にあてはまるできごとを何といいますか。
バテレン追放令
秀吉ははじめ、信長と同じようにキリスト教の布教を認めていました。
前後の時代の文化
安土桃山時代の読みもの
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年代と内容は、教科書・塾教材の記述にそろえた学習用のものです。異説がある年は、年表アプリの項目の中に記しています。まちがいを見つけたらお問い合わせから教えてください。