室町時代の人物
室町時代の人物で、中学受験によく出るのは後醍醐天皇・足利尊氏・観阿弥・足利義満・世阿弥・雪舟・足利義政・フランシスコ・ザビエル・織田信長です。このページでは17人を、何をした人か・入試のポイントといっしょにまとめました。
室町時代の人物一覧
政治・外交(13人)
| 人物 | 何をした人か |
|---|---|
| 後醍醐天皇 | 鎌倉幕府をたおして天皇中心の政治(建武の新政)を行った天皇です。 |
| 足利尊氏 | 鎌倉幕府をたおすのに活やくしたあと後醍醐天皇にそむき、京都に北朝を立てて室町幕府を開いた初代将軍です。 |
| 足利義満 | 室町幕府の3代将軍です。 |
| 足利義政 | 室町幕府の8代将軍です。 |
| 織田信長 | 尾張の戦国大名で、桶狭間の戦いで今川義元をやぶって台頭し、室町幕府をほろぼして天下統一を進めました。 |
| 楠木正成 | 河内(大阪府)の武士で、後醍醐天皇に味方して鎌倉幕府軍と戦った武将です。 |
| 新田義貞 | 上野(群馬県)の武士で、後醍醐天皇に味方して鎌倉を攻め落とし、鎌倉幕府をほろぼした武将です。 |
| 尚巴志 | 沖縄本島の三つの勢力(三山)を統一して1429年に琉球王国をつくった王です。 |
| 北条早雲 | 一介の武士から伊豆・相模(神奈川県)を手に入れて戦国大名となり、小田原を本拠とする後北条氏の祖となった人物です。 |
| 日野富子 | 8代将軍足利義政の妻です。 |
| 毛利元就 | 安芸(広島県)の小さな領主から中国地方のほとんどを支配する戦国大名になった人物です。 |
| 武田信玄 | 甲斐(山梨県)の戦国大名です。 |
| 上杉謙信 | 越後(新潟県)の戦国大名です。 |
文化・宗教(4人)
| 人物 | 何をした人か |
|---|---|
| 観阿弥 | 大和(奈良県)の猿楽の役者で、世阿弥の父です。 |
| 世阿弥 | 観阿弥の子で、父とともに能を大成した人物です。 |
| 雪舟 | 室町時代の禅宗の僧で、明にわたって絵を学び、日本の水墨画を完成させた画家です。 |
| フランシスコ・ザビエル | スペイン出身のイエズス会の宣教師で、1549年に鹿児島に上陸し、日本に初めてキリスト教を伝えました。 |
人物をくわしく

後醍醐天皇
ごだいごてんのう
鎌倉幕府をたおして天皇中心の政治(建武の新政)を行った天皇です。足利尊氏にそむかれると吉野にのがれ、南朝を立てました。
- 鎌倉幕府滅亡(1333)→建武の新政(1334)→吉野で南朝(1336)
- 協力した武士:楠木正成・足利尊氏・新田義貞
- 建武の新政が失敗した理由(武士の不満)を説明できるように

足利尊氏
あしかがたかうじ
鎌倉幕府をたおすのに活やくしたあと後醍醐天皇にそむき、京都に北朝を立てて室町幕府を開いた初代将軍です。
- 室町幕府の初代将軍(1338年に征夷大将軍)
- 後醍醐天皇に協力→そむいて北朝を立てる、という立場の変化
- 源頼朝(鎌倉)・足利尊氏(室町)・徳川家康(江戸)=幕府を開いた3人

観阿弥
かんあみ
大和(奈良県)の猿楽の役者で、世阿弥の父です。足利義満に認められ、息子の世阿弥とともに猿楽を能という芸術に高めました。
- 観阿弥(父)と世阿弥(子)で能を大成、保護者は足利義満
- 能=北山文化(義満のころ)
- 能のもとになった芸能=猿楽・田楽

足利義満
あしかがよしみつ
室町幕府の3代将軍です。南北朝を統一し、明との勘合貿易を始め、京都の北山に金閣を建てるなど、幕府の力がもっとも強かった時期の将軍です。
- 業績を年代順に:花の御所(1378)→南北朝統一(1392)→勘合貿易(1404)
- 金閣=北山文化、能の保護(観阿弥・世阿弥)
- 義満(3代・金閣・華やか)と義政(8代・銀閣・わび)の対比

世阿弥
ぜあみ
観阿弥の子で、父とともに能を大成した人物です。多くの能の脚本を書き、能の理論を『風姿花伝』にまとめました。
- 父の観阿弥とともに能を大成、著書は『風姿花伝』
- 能を保護した将軍=足利義満(北山文化)
- 能(まじめな劇)と狂言(こっけいなせりふ劇)の区別

雪舟
せっしゅう
室町時代の禅宗の僧で、明にわたって絵を学び、日本の水墨画を完成させた画家です。「秋冬山水図」「天橋立図」などの作品があります。
- 水墨画を大成、東山文化の代表(北山文化ではない)
- 代表作:秋冬山水図・天橋立図・四季山水図巻
- 明にわたって学んだ禅宗の僧(画僧)

足利義政
あしかがよしまさ
室町幕府の8代将軍です。あとつぎ争いが応仁の乱の原因になりました。乱の後は京都の東山に銀閣を建て、東山文化を生み出しました。
- あとつぎ争い(義視 vs 義尚)が応仁の乱の原因
- 銀閣・東求堂同仁斎(書院造)=東山文化
- 義満(3代・金閣)と義政(8代・銀閣)の取り違えに注意

フランシスコ・ザビエル
ふらんしすこ・ざびえる
スペイン出身のイエズス会の宣教師で、1549年に鹿児島に上陸し、日本に初めてキリスト教を伝えました。約2年間、九州や山口、京都などで布教しました。
- 1549年鹿児島上陸、イエズス会の宣教師、スペイン人(ポルトガル人ではない)
- 鉄砲(ポルトガル人・種子島)とキリスト教(ザビエル・鹿児島)の区別
- 背景:ヨーロッパの宗教改革に対するカトリックの海外布教

織田信長
おだのぶなが
尾張の戦国大名で、桶狭間の戦いで今川義元をやぶって台頭し、室町幕府をほろぼして天下統一を進めました。安土桃山時代の中心人物でもあります。
- 室町時代の信長:桶狭間の戦い(1560)・入京(1568)・室町幕府滅亡(1573)
- 安土桃山時代の信長:長篠の戦い(1575)・安土城・楽市楽座・本能寺の変(1582)
- 宗教政策:仏教勢力は弾圧、キリスト教は保護

楠木正成
くすのきまさしげ
河内(大阪府)の武士で、後醍醐天皇に味方して鎌倉幕府軍と戦った武将です。建武の新政の後も天皇に忠義をつくし、湊川の戦いで足利尊氏に敗れて自害しました。
- 後醍醐天皇に協力して鎌倉幕府をたおした(千早城の戦い)
- 湊川の戦い(1336)で足利尊氏に敗れて自害
- 足利尊氏(そむいた)と楠木正成・新田義貞(最後まで天皇方)の対比

新田義貞
にったよしさだ
上野(群馬県)の武士で、後醍醐天皇に味方して鎌倉を攻め落とし、鎌倉幕府をほろぼした武将です。その後は足利尊氏と戦い続け、越前で戦死しました。
- 鎌倉を攻め落として鎌倉幕府を直接ほろぼした武将
- 足利尊氏(京都の六波羅探題を攻めた)と新田義貞(鎌倉を攻めた)の役割の区別
- 南朝方として尊氏と戦い、越前で戦死

尚巴志
しょうはし
沖縄本島の三つの勢力(三山)を統一して1429年に琉球王国をつくった王です。首里を都として、明や日本、東南アジアとの中継貿易で国を栄えさせました。
- 三山(北山・中山・南山)を統一して琉球王国を建国(1429)
- 都は首里、港は那覇、中継貿易で繁栄
- 同時期の北海道はアイヌの人々が交易(コシャマインの戦い 1457)

北条早雲
ほうじょうそううん
一介の武士から伊豆・相模(神奈川県)を手に入れて戦国大名となり、小田原を本拠とする後北条氏の祖となった人物です。下剋上の代表とされます。
- 下剋上の代表、最初の戦国大名ともいわれる
- 本拠=小田原城(相模・神奈川県)
- 鎌倉幕府の執権北条氏とは別(後北条氏)、1590年秀吉の小田原攻めでほろぶ

日野富子
ひのとみこ
8代将軍足利義政の妻です。自分の子の義尚を将軍にしようとしたことが、応仁の乱の原因の一つになりました。
- 足利義政の妻、子は9代将軍義尚
- あとつぎ争い(義視 vs 義尚)→応仁の乱の一因
- 北条政子(鎌倉)と日野富子(室町)=政治に影響力をもった将軍の妻

毛利元就
もうりもとなり
安芸(広島県)の小さな領主から中国地方のほとんどを支配する戦国大名になった人物です。3人の息子に協力を教えた「三本の矢」の話で知られます。
- 安芸(広島県)から中国地方を支配した戦国大名
- 厳島の戦い(1555)で陶晴賢をやぶる、石見銀山を支配
- 三本の矢の教え(協力の大切さ)

武田信玄
たけだしんげん
甲斐(山梨県)の戦国大名です。上杉謙信と川中島で戦ったことや、分国法の甲州法度之次第、洪水を防ぐ信玄堤をつくったことで知られます。
- 甲斐(山梨県)の戦国大名、ライバルは越後の上杉謙信(川中島の戦い)
- 分国法=甲州法度之次第、治水=信玄堤
- 1573年に病死→信長包囲網がくずれ、室町幕府滅亡につながる

上杉謙信
うえすぎけんしん
越後(新潟県)の戦国大名です。武田信玄と川中島で何度も戦いました。義を重んじ、「越後の龍」と呼ばれた強い武将として知られます。
- 越後(新潟県)の戦国大名、本拠は春日山城
- 武田信玄(甲斐)と川中島で5回戦い決着つかず
- 関東管領の役職を受けついだ(上杉の名の由来)
確認問題
答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。
Q1鎌倉幕府をたおして天皇中心の政治(建武の新政)を行った天皇です。足利尊氏にそむかれると吉野にのがれ、南朝を立てました。この天皇はだれでしょう。
後醍醐天皇
後醍醐天皇は、鎌倉幕府をたおして天皇が直接政治を行うことを目ざしました。
Q2『源頼朝(鎌倉)・○○(室町)・徳川家康(江戸)=幕府を開いた3人』という特徴にあてはまる人物はだれでしょう。
足利尊氏
鎌倉幕府をたおすのに活やくしたあと後醍醐天皇にそむき、京都に北朝を立てて室町幕府を開いた初代将軍です。
Q3『○○(父)と世阿弥(子)で能を大成、保護者は足利義満』という特徴にあてはまる人物はだれでしょう。
観阿弥
大和(奈良県)の猿楽の役者で、世阿弥の父です。
Q4室町幕府の3代将軍です。南北朝を統一し、明との勘合貿易を始め、京都の北山に金閣を建てるなど、幕府の力がもっとも強かった時期の将軍はだれでしょう。
足利義満
足利義満は10歳ほどで3代将軍となり、成長すると強い力をふるいました。
Q5観阿弥の子で、父とともに能を大成した人物です。多くの能の脚本を書き、能の理論を『風姿花伝』にまとめました。この人物はだれでしょう。
世阿弥
世阿弥は観阿弥の子で、少年時代に3代将軍足利義満に認められ、幕府の保護のもとで能を発展させました。
室町時代の読みもの
つぎのステップ
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