室町時代の人物

室町時代の人物で、中学受験によく出るのは後醍醐天皇・足利尊氏・観阿弥・足利義満・世阿弥・雪舟・足利義政・フランシスコ・ザビエル・織田信長です。このページでは17人を、何をした人か・入試のポイントといっしょにまとめました。

2026/09/19 更新・ふりがなつき

室町時代の人物一覧

政治・外交(13人)

人物何をした人か
後醍醐天皇ごだいごてんのう鎌倉幕府かまくらばくふをたおして天皇てんのう中心の政治(建武けんむの新政しんせい)を行った天皇てんのうです。
足利尊氏あしかがたかうじ鎌倉幕府かまくらばくふをたおすのに活やくしたあと後醍醐天皇ごだいごてんのうにそむき、京都きょうとに北朝ほくちょうを立てて室町幕府むろまちばくふを開いた初代将軍しょうぐんです。
足利義満あしかがよしみつ室町幕府むろまちばくふの3代将軍しょうぐんです。
足利義政あしかがよしまさ室町幕府むろまちばくふの8代将軍しょうぐんです。
織田信長おだのぶなが尾張おわりの戦国せんごく大名だいみょうで、桶狭間おけはざまの戦いで今川義元いまがわよしもとをやぶって台頭し、室町幕府むろまちばくふをほろぼして天下統一を進めました。
楠木正成くすのきまさしげ河内かわち(大阪おおさか府)の武士ぶしで、後醍醐天皇ごだいごてんのうに味方して鎌倉幕府かまくらばくふ軍と戦った武将です。
新田義貞にったよしさだ上野こうずけ(群馬県ぐんまけん)の武士ぶしで、後醍醐天皇ごだいごてんのうに味方して鎌倉かまくらを攻め落とし、鎌倉幕府かまくらばくふをほろぼした武将です。
尚巴志しょうはし沖縄本島の三つの勢力(三山さんざん)を統一とういつして1429年に琉球王国りゅうきゅうおうこくをつくった王です。
北条早雲ほうじょうそううん一介の武士ぶしから伊豆いず・相模さがみ(神奈川県)を手に入れて戦国せんごく大名だいみょうとなり、小田原おだわらを本拠とする後北条氏ほうじょうしの祖となった人物です。
日野富子ひのとみこ8代将軍しょうぐん足利義政あしかがよしまさの妻です。
毛利元就もうりもとなり安芸あき(広島県)の小さな領主から中国地方のほとんどを支配しはいする戦国せんごく大名だいみょうになった人物です。
武田信玄たけだしんげん甲斐かい(山梨県)の戦国せんごく大名だいみょうです。
上杉謙信うえすぎけんしん越後えちご(新潟県)の戦国せんごく大名だいみょうです。

文化・宗教(4人)

人物何をした人か
観阿弥かんあみ大和やまと(奈良なら県)の猿楽さるがくの役えき者で、世阿弥ぜあみの父です。
世阿弥ぜあみ観阿弥かんあみの子で、父とともに能のうを大成した人物です。
雪舟せっしゅう室町時代むろまちじだいの禅宗ぜんしゅうの僧そうで、明みんにわたって絵を学び、日本の水墨画すいぼくがを完成かんせいさせた画家です。
フランシスコ・ザビエルスペイン出身のイエズス会の宣教師せんきょうしで、1549年に鹿児島に上陸し、日本に初めてキリスト教きょうを伝えました。

人物をくわしく

  • 後醍醐天皇

    ごだいごてんのう

    鎌倉幕府かまくらばくふをたおして天皇てんのう中心の政治(建武けんむの新政しんせい)を行った天皇てんのうです。足利尊氏あしかがたかうじにそむかれると吉野よしのにのがれ、南朝なんちょうを立てました。

    • 鎌倉幕府かまくらばくふ滅亡めつぼう(1333)→建武けんむの新政しんせい(1334)→吉野よしので南朝なんちょう(1336)
    • 協力した武士ぶし:楠木正成くすのきまさしげ・足利尊氏あしかがたかうじ・新田義貞にったよしさだ
    • 建武けんむの新政しんせいが失敗した理由(武士ぶしの不満)を説明できるように
    年表で見る
  • 足利尊氏

    あしかがたかうじ

    鎌倉幕府かまくらばくふをたおすのに活やくしたあと後醍醐天皇ごだいごてんのうにそむき、京都きょうとに北朝ほくちょうを立てて室町幕府むろまちばくふを開いた初代将軍しょうぐんです。

    • 室町幕府むろまちばくふの初代将軍しょうぐん(1338年に征夷大将軍せいいたいしょうぐん)
    • 後醍醐天皇ごだいごてんのうに協力→そむいて北朝ほくちょうを立てる、という立場の変へん化
    • 源頼朝みなもとのよりとも(鎌倉かまくら)・足利尊氏あしかがたかうじ(室町むろまち)・徳川家康とくがわいえやす(江戸えど)=幕府ばくふを開いた3人
    年表で見る
  • 観阿弥

    かんあみ

    大和やまと(奈良なら県)の猿楽さるがくの役えき者で、世阿弥ぜあみの父です。足利義満あしかがよしみつに認められ、息子の世阿弥ぜあみとともに猿楽さるがくを能のうという芸術に高めました。

    • 観阿弥かんあみ(父)と世阿弥ぜあみ(子)で能のうを大成、保護者は足利義満あしかがよしみつ
    • 能のう=北山文化きたやまぶんか(義満よしみつのころ)
    • 能のうのもとになった芸能=猿楽さるがく・田楽でんがく
    年表で見る読みもの: 能と狂言のちがい
  • 足利義満

    あしかがよしみつ

    室町幕府むろまちばくふの3代将軍しょうぐんです。南北朝なんぼくちょうを統一とういつし、明みんとの勘合貿易かんごうぼうえきを始め、京都きょうとの北山に金閣きんかくを建てるなど、幕府ばくふの力がもっとも強かった時期の将軍しょうぐんです。

    • 業績を年代順に:花の御所ごしょ(1378)→南北朝なんぼくちょう統一とういつ(1392)→勘合貿易かんごうぼうえき(1404)
    • 金閣きんかく=北山文化きたやまぶんか、能のうの保護(観阿弥かんあみ・世阿弥ぜあみ)
    • 義満よしみつ(3代・金閣きんかく・華やか)と義政よしまさ(8代・銀閣ぎんかく・わび)の対比
    年表で見る読みもの: 金閣と銀閣のちがい
  • 世阿弥

    ぜあみ

    観阿弥かんあみの子で、父とともに能のうを大成した人物です。多くの能のうの脚本を書き、能のうの理論を『風姿花伝ふうしかでん』にまとめました。

    • 父の観阿弥かんあみとともに能のうを大成、著書は『風姿花伝ふうしかでん』
    • 能のうを保護した将軍しょうぐん=足利義満あしかがよしみつ(北山文化きたやまぶんか)
    • 能のう(まじめな劇)と狂言きょうげん(こっけいなせりふ劇)の区別
    年表で見る読みもの: 能と狂言のちがい
  • 雪舟

    せっしゅう

    室町時代むろまちじだいの禅宗ぜんしゅうの僧そうで、明みんにわたって絵を学び、日本の水墨画すいぼくがを完成かんせいさせた画家です。「秋冬山水図しゅうとうさんすいず」「天橋立図あまのはしだてず」などの作品があります。

    • 水墨画すいぼくがを大成、東山文化ひがしやまぶんかの代表(北山文化きたやまぶんかではない)
    • 代表作:秋冬山水図しゅうとうさんすいず・天橋立図あまのはしだてず・四季山水図巻しきさんすいずかん
    • 明みんにわたって学んだ禅宗ぜんしゅうの僧そう(画僧)
    年表で見る
  • 足利義政

    あしかがよしまさ

    室町幕府むろまちばくふの8代将軍しょうぐんです。あとつぎ争いが応仁おうにんの乱らんの原因になりました。乱らんの後は京都きょうとの東山に銀閣ぎんかくを建て、東山文化ひがしやまぶんかを生み出しました。

    • あとつぎ争い(義視よしみ vs 義尚よしひさ)が応仁おうにんの乱らんの原因
    • 銀閣ぎんかく・東求堂同仁斎とうぐどうどうじんさい(書院造しょいんづくり)=東山文化ひがしやまぶんか
    • 義満よしみつ(3代・金閣きんかく)と義政よしまさ(8代・銀閣ぎんかく)の取り違えに注意
    年表で見る読みもの: 金閣と銀閣のちがい
  • フランシスコ・ザビエル

    ふらんしすこ・ざびえる

    スペイン出身のイエズス会の宣教師せんきょうしで、1549年に鹿児島に上陸し、日本に初めてキリスト教きょうを伝えました。約2年間、九州きゅうしゅうや山口、京都きょうとなどで布教ふきょうしました。

    • 1549年鹿児島上陸、イエズス会の宣教師せんきょうし、スペイン人(ポルトガル人ではない)
    • 鉄砲てっぽう(ポルトガル人・種子島たねがしま)とキリスト教きょう(ザビエル・鹿児島)の区別
    • 背景:ヨーロッパの宗しゅう教きょう改革かいかくに対するカトリックの海外布教
    年表で見る
  • 織田信長

    おだのぶなが

    尾張おわりの戦国せんごく大名だいみょうで、桶狭間おけはざまの戦いで今川義元いまがわよしもとをやぶって台頭し、室町幕府むろまちばくふをほろぼして天下統一を進めました。安土桃山時代あづちももやまじだいの中心人物でもあります。

    • 室町時代むろまちじだいの信長のぶなが:桶狭間おけはざまの戦い(1560)・入京にゅうきょう(1568)・室町幕府むろまちばくふ滅亡めつぼう(1573)
    • 安土桃山時代あづちももやまじだいの信長のぶなが:長篠ながしのの戦い(1575)・安土城あづちじょう・楽市楽座らくいちらくざ・本能寺ほんのうじの変へん(1582)
    • 宗教政策:仏教勢力は弾圧、キリスト教きょうは保護
    年表で見る
  • 楠木正成

    くすのきまさしげ

    河内かわち(大阪おおさか府)の武士ぶしで、後醍醐天皇ごだいごてんのうに味方して鎌倉幕府かまくらばくふ軍と戦った武将です。建武けんむの新政しんせいの後も天皇てんのうに忠義をつくし、湊川の戦いで足利尊氏あしかがたかうじに敗れて自害しました。

    • 後醍醐天皇ごだいごてんのうに協力して鎌倉幕府かまくらばくふをたおした(千早城ちはやじょうの戦い)
    • 湊川の戦い(1336)で足利尊氏あしかがたかうじに敗れて自害
    • 足利尊氏あしかがたかうじ(そむいた)と楠木正成くすのきまさしげ・新田義貞にったよしさだ(最後まで天皇てんのう方)の対比
    年表で見る
  • 新田義貞

    にったよしさだ

    上野こうずけ(群馬県ぐんまけん)の武士ぶしで、後醍醐天皇ごだいごてんのうに味方して鎌倉かまくらを攻め落とし、鎌倉幕府かまくらばくふをほろぼした武将です。その後は足利尊氏あしかがたかうじと戦い続け、越前えちぜんで戦死しました。

    • 鎌倉かまくらを攻め落として鎌倉幕府かまくらばくふを直接ほろぼした武将
    • 足利尊氏あしかがたかうじ(京都きょうとの六波羅探題ろくはらたんだいを攻めた)と新田義貞にったよしさだ(鎌倉かまくらを攻めた)の役割の区別
    • 南朝なんちょう方として尊氏たかうじと戦い、越前えちぜんで戦死
    年表で見る
  • 尚巴志

    しょうはし

    沖縄本島の三つの勢力(三山さんざん)を統一とういつして1429年に琉球王国りゅうきゅうおうこくをつくった王です。首里しゅりを都みやことして、明みんや日本、東南アジアとの中継貿易なかつぎぼうえきで国を栄えさせました。

    • 三山さんざん(北山・中山ちゅうざん・南山なんざん)を統一とういつして琉球王国りゅうきゅうおうこくを建国けんこく(1429)
    • 都みやこは首里しゅり、港は那覇なは、中継貿易なかつぎぼうえきで繁栄
    • 同時期の北海道はアイヌの人々が交易(コシャマインの戦い 1457)
    年表で見る
  • 北条早雲

    ほうじょうそううん

    一介の武士ぶしから伊豆いず・相模さがみ(神奈川県)を手に入れて戦国せんごく大名だいみょうとなり、小田原おだわらを本拠とする後北条氏ほうじょうしの祖となった人物です。下剋上げこくじょうの代表とされます。

    • 下剋上げこくじょうの代表、最初の戦国せんごく大名だいみょうともいわれる
    • 本拠=小田原城(相模さがみ・神奈川県)
    • 鎌倉幕府かまくらばくふの執権しっけん北条氏ほうじょうしとは別(後北条氏ほうじょうし)、1590年秀吉ひでよしの小田原攻めでほろぶ
    年表で見る
  • 日野富子

    ひのとみこ

    8代将軍しょうぐん足利義政あしかがよしまさの妻です。自分の子の義尚よしひさを将軍しょうぐんにしようとしたことが、応仁おうにんの乱らんの原因の一つになりました。

    • 足利義政あしかがよしまさの妻、子は9代将軍しょうぐん義尚よしひさ
    • あとつぎ争い(義視よしみ vs 義尚よしひさ)→応仁おうにんの乱らんの一因
    • 北条政子ほうじょうまさこ(鎌倉かまくら)と日野富子ひのとみこ(室町むろまち)=政治に影響力をもった将軍しょうぐんの妻
    年表で見る
  • 毛利元就

    もうりもとなり

    安芸あき(広島県)の小さな領主から中国地方のほとんどを支配しはいする戦国せんごく大名だいみょうになった人物です。3人の息子に協力を教えた「三本の矢」の話で知られます。

    • 安芸あき(広島県)から中国地方を支配しはいした戦国せんごく大名だいみょう
    • 厳島いつくしまの戦い(1555)で陶晴賢すえはるかたをやぶる、石見銀山いわみぎんざんを支配しはい
    • 三本の矢の教え(協力の大切さ)
    年表で見る
  • 武田信玄

    たけだしんげん

    甲斐かい(山梨県)の戦国せんごく大名だいみょうです。上杉謙信うえすぎけんしんと川中島かわなかじまで戦ったことや、分国法ぶんこくほうの甲州法度之次第こうしゅうはっとのしだい、洪水を防ぐ信玄堤をつくったことで知られます。

    • 甲斐かい(山梨県)の戦国せんごく大名だいみょう、ライバルは越後えちごの上杉謙信うえすぎけんしん(川中島かわなかじまの戦い)
    • 分国法ぶんこくほう=甲州法度之次第こうしゅうはっとのしだい、治水=信玄堤
    • 1573年に病死→信長包囲網がくずれ、室町幕府むろまちばくふ滅亡めつぼうにつながる
    年表で見る
  • 上杉謙信

    うえすぎけんしん

    越後えちご(新潟県)の戦国せんごく大名だいみょうです。武田信玄たけだしんげんと川中島かわなかじまで何度も戦いました。義を重んじ、「越後えちごの龍」と呼ばれた強い武将として知られます。

    • 越後えちご(新潟県)の戦国せんごく大名だいみょう、本拠は春日山城かすがやまじょう
    • 武田信玄たけだしんげん(甲斐かい)と川中島かわなかじまで5回戦い決着つかず
    • 関東かんとう管領かんれいの役職を受けついだ(上杉の名の由来)
    年表で見る

確認問題

答えを考えてから、問題をタップして答えと解説を確かめましょう。

  1. Q1鎌倉幕府かまくらばくふをたおして天皇てんのう中心の政治(建武けんむの新政しんせい)を行った天皇てんのうです。足利尊氏あしかがたかうじにそむかれると吉野よしのにのがれ、南朝なんちょうを立てました。この天皇てんのうはだれでしょう。

    後醍醐天皇ごだいごてんのう

    後醍醐天皇ごだいごてんのうは、鎌倉幕府かまくらばくふをたおして天皇てんのうが直接政治を行うことを目ざしました。

  2. Q2『源頼朝みなもとのよりとも(鎌倉かまくら)・○○(室町むろまち)・徳川家康とくがわいえやす(江戸えど)=幕府ばくふを開いた3人』という特徴にあてはまる人物はだれでしょう。

    足利尊氏あしかがたかうじ

    鎌倉幕府かまくらばくふをたおすのに活やくしたあと後醍醐天皇ごだいごてんのうにそむき、京都きょうとに北朝ほくちょうを立てて室町幕府むろまちばくふを開いた初代将軍しょうぐんです。

  3. Q3『○○(父)と世阿弥ぜあみ(子)で能のうを大成、保護者は足利義満あしかがよしみつ』という特徴にあてはまる人物はだれでしょう。

    観阿弥かんあみ

    大和やまと(奈良なら県)の猿楽さるがくの役えき者で、世阿弥ぜあみの父です。

  4. Q4室町幕府むろまちばくふの3代将軍しょうぐんです。南北朝なんぼくちょうを統一とういつし、明みんとの勘合貿易かんごうぼうえきを始め、京都きょうとの北山に金閣きんかくを建てるなど、幕府ばくふの力がもっとも強かった時期の将軍しょうぐんはだれでしょう。

    足利義満あしかがよしみつ

    足利義満あしかがよしみつは10歳ほどで3代将軍しょうぐんとなり、成長すると強い力をふるいました。

  5. Q5観阿弥かんあみの子で、父とともに能のうを大成した人物です。多くの能のうの脚本を書き、能のうの理論を『風姿花伝ふうしかでん』にまとめました。この人物はだれでしょう。

    世阿弥ぜあみ

    世阿弥ぜあみは観阿弥かんあみの子で、少年時代に3代将軍しょうぐん足利義満あしかがよしみつに認められ、幕府ばくふの保護のもとで能のうを発展はってんさせました。

室町時代の一問一答でもっと解く

室町時代の読みもの

つぎのステップ

年代と内容は、教科書・塾教材の記述にそろえた学習用のものです。異説がある年は、年表アプリの項目の中に記しています。まちがいを見つけたらお問い合わせから教えてください。